[19711] 「王道」ってなんですか? 投稿者:獣道 投稿日:2002/10/28(Mon) 16:24
はじめて書き込みさせていただきます。
皆さんに質問があります。「王道プロレス」ってどんなものなんでしょうか?皆さんの考えを聞かせて下さい。
僕は王道=馬場さんだと思うので、馬場さんが亡くなった時点で
王道プロレスは無くなったと思います。
ノアはすでに新しい道を進んでいると思うので、王道にこだわる必要はないと思います。
「王道」というのは残さなければいけないものなんでしょうか?
皆さんにとっての「王道」とは今の全日なんでしょうか?
それとも川田?
いろんな方がいると思うのですが皆さんの「王道プロレス」とはなにかを教えて下さい。
[19711へのレス] 無題 投稿者:金山政史 投稿日:10/28-19:20
初めまして、獣道さんm(_ _)m{深々。これから宜しくお願い致します。さて、本題に。

この話題も色々語り尽くされている感が強いですが、ファンの人達みんなに、自分なりの「王道」感というのがあるんですよね。
例えば、華々しい外国人レスラーが一堂に会するリングを「王道」と定義するものもいれば、今の武藤選手の方向性を「王道」と捉えるものも当然いるでしょうし、嘗ての四天王プロレスの群雄割拠の状況を「王道」と認識しているものだっている。

この中から、難しくも敢えてこれが「王道プロレス」だという確固たる定義を導き出そうとするんであれば、ファンの期待を裏切らず、確実に期待に応え得る良質な試合を見せてくれるプロレス

その線で言えば、小生の「王道プロレス」感に一番近いのは、矢張り四天王が鎬を削り合った、90年代の全日本だと思っています。


[19711へのレス] 投稿者:チート 投稿日:10/28-20:11
「王道の定義=ファンの期待を裏切らず、確実に期待に応え得る良質な試合を見せてくれるプロレス。」
という金山さんの意見にほぼ同じ思いです。

ただ、ノアでそういった試合が行われたらそれは「王道」なのか?新日で良質な試合を観ることが出来たらそれは「王道」なのか?と言われると個人的には違和感を覚えます。
あくまで自分の中では「王道」という言葉は「全日本プロレス」の中で行われる試合に関してのみ引用されるべき言葉のように思うのです。

全日本プロレスの中で行われてきた、例えばG馬場vsハリー・レイスのNWA王座を巡る激闘であったり、またブッチャーとテリーの抗争、ジャンボ鶴田がデビューしエースとなりニック・ボックウィンクルからAWA王座を奪いアメリカに防衛戦をしに行ったり・・・といった様々な出来事の歴史の上に成り立っているリング。そこにイメージ、と言うか雰囲気、としての「王道」のベースが矢張りあるような気がします。

また、前述した選手達にはプロレスラーとしての「風格」があったように思います。
彼等と試合をし、あるいは彼等の試合を観る、といった接点があったことも全日出身のレスラー達の中に何かしら「王道」のエッセンスとして残っているのではないでしょうか。

ただし前述したように個人的には「王道」エッセンスを持った試合が「全日本プロレス」のリングで行われない限りそれを「王道プロレス」であるとは言えないように思っています。


[19711へのレス] 投稿者:sf-masa 投稿日:10/28-20:24
自分の「王道プロレス」の解釈は「プロレスの面白さや凄さを追求する事」です。
それに一番近かったのが、超世代vs鶴田軍から四天王プロレスへと流れた全日本だったということです。
王道プロレスって言葉は後からついてきた言葉であり、言葉ありきで団体を動かしたりするものじゃないと考えています。
昨今、王道プロレスという言葉だけが一人歩きしている状況は、三沢らが全日本を離脱した後に、元子社長が「全日本プロレスこそ王道プロレス」「全日本のリングで行われる戦いは全て王道プロレス」と宣伝したせいでしょう。
結果的に、分裂直後にはそれらを実践できていないにもかかわらず言葉だけ先行させてしまった為に、この手の論議なり疑問が現在でも噴出する結果になった感は否めません。
そもそも王道プロレスに確たる定義があるわけでもなく、ファンの感じ取る部分が大きかったりしているので、ある意味仕方のない事だと思います。
それだけに、分裂直後に元子社長が事あるごとに王道プロレスを連呼した事は、今でも失敗だと思っています。
元子社長が勇退した今でも、この既存の言葉で違和感を感じるファンがいる事で実証されています。
事実、三沢らがいた頃は、今ほどプロレス中継内で王道プロレスって言葉が出てこなかったし、選手のインタビューからも出てこなかった。そしてファンもこの言葉に疑問を感じていなかった。
分裂後、全日本を存続させるための策とは言え、後々まで引きずる結果を招いてしまった事はいただけませんでしたね。


[19711へのレス] 無題 投稿者:sf-masa 投稿日:10/28-20:32
武藤が、最近「王道プロレスは2年前、三沢達が離脱した時に終わったんだよ」「王道プロレスは疲れたよ」と発言しているのも本心なんでしょう。
武藤は、自分が社長になったからには既存の言葉である王道プロレスに惑わされないで団体を運営して行こうと思っているでしょうから。


[19711へのレス] 無題 投稿者:WASU 投稿日:10/28-21:51
う〜ん・・・僕にとっての王道プロレスは世代的に「四天王プロレス」なんです。
その後大量離脱とか大変な事があって、しかしその後に及んでも「全日は王道」という固定観念がありましたね。やはりそれは川田が居るからなのか、天龍が帰って来たからなのか今でも釈然としないままですが・・・。でも,なんだかんだ言って「川田が居るから」「王道の証人である外人選手が居るから」だったんでしょうね。または元子さんが王道王道と唱え続けていたからなのかもしれないです。しかし今はウィリアムスが・・・(苦笑)


[19711へのレス] 無題 投稿者:atsushi 投稿日:10/28-22:15
WASUさんと同じだなあ〜。錯覚なのか。直感なのか。先入観なのか。自分でもよくわかんないけど…全日本以外の団体でいい試合をしていても「王道」と思えない。そういう感覚は、チートさんと似てるな〜。

それと、余談ではあるけど、天龍がインディーでやろうが、神取とやろうが、「王道」感じちゃうんですよね〜。全日本のマットで鶴龍の試合を見ちゃったから。随分影響を受けたからなんだろうなあ〜


[19711へのレス] 無題 投稿者:チート 投稿日:10/28-23:27
あ〜確かに天龍と川田には「全日を背負っている」=「王道プロレスを体現している」みたいなところが他団体のリングであってもあるかも知れないな〜・・・。


[19711へのレス] 無題 投稿者:蒼剣美茶 投稿日:10/29-00:47 <HOME>
世の中に事実など無い、ただ解釈のみがあるのだ!って思いますぅ〜。


[19711へのレス] 無題 投稿者:spartanx 投稿日:10/29-03:20
王道は過去の歴史=ジャイアント馬場

私の解釈です。
幻影に捕われず分子が理想を求めています。
三沢=王道ではなく、三沢=プロレスである事を願います。


[19711へのレス] 無題 投稿者:佐の介 投稿日:10/29-07:29
自分にとっての王道プロレスの解釈は、
「五強を中心としたレスラーたちが、ファンの為にしてくれるプロレス」
って感じです。
だから、どうしてもNOAHに王道という影を追ってしまいます。しかし、川田が居ませんから片手落ちになってしまいます。
それでも、やはり四天王プロレスこそ王道プロレスっていう感じがします。四天王プロレス全盛時代の東京ドーム、武道館、後楽園ホール、はては地方体育館までありとあらゆる観客を熱狂させたレベルの高いものだったはずですから。


[19711へのレス] 無題 投稿者:UWF 投稿日:10/29-08:16
王道?勿論全日本のイメージがある。ただそれだけ。定義さえ考えたこともないし、俺にとっては無理に答えを見つける程大した問題でもないね


[19711へのレス] 無題 投稿者:UWF 投稿日:10/29-08:20
今の全日が王道をキャッチコピーに使っていても何ら不満もないし、武藤が王道を捨てたからといって不満もなければ歓迎もない。


[19711へのレス] 無題 投稿者:WASU 投稿日:10/29-17:31
言われてみれば,確かにUWFさんの言うとおりかもしれない。
ただ「全日本のイメージ」というだけかもしれないですね。馬場さんと四天王が上がっていればただひたすら王道。だけど川田と渕だけになっても王道。そして今でも雰囲気的には王道です。定義は人それぞれですね。


[19711へのレス] 無題 投稿者:spartanx 投稿日:11/1-10:46
馬場さん=王道
川田=全日本

現状ですかね。