丸藤正道
丸藤 正道
(まるふじ なおみち)
取締役副社長
本名 同じ
生年月日 1979年9月26日
出身地
埼玉県北足立郡
身長・体重 176cm 90kg
血液型
O型
デビュー戦 1998年8月28日 愛知・岡崎市体育館 対金丸 義信
経歴 全日本(H9年〜H12年)→NOAH(H12年〜)
タイトル歴 GHCヘビー、GHCタッグ、GHCジュニア、GHCジュニアタッグ、グローバル・ハードコア・クラウン無差別級、世界ジュニア、IWGPジュニア、WEWタッグ
得意技 不知火 雪崩式不知火 不知火改 チョココロネ ラ・ケブラーダ シューティングスタープレス
入場テーマ曲 HYSTERIC
関連商品 [CD] EXCEEDING OUR DREAMS テーマ曲収録アルバム
[書籍] 丸藤正道 スポーツアルバム No.5 週間プロレス別冊
コメント GHCジュニア王者だった2002年3月の京都大会で空中技の着地で空足を踏んでしまい靱帯を完全断裂。そのまま最終戦の有明コロシアムで橋との防衛戦を行ったが試合途中で動けなくなってしまい無念のレフェリーストップ負け。タイトルを失ってしまう。
しかし2003年1月の日本武道館で復帰後は期待通りの大活躍。同年に新設されたGHCジュニアタッグの初代王者に輝くとパートナーのKENTAと共にプロレス大賞ベストタッグに選ばれる活躍を見せた。
プロレスセンス、身体能力、人気、どれをとってもトップクラス。ノアのみならずプロレス界の宝といえるレスラー。
2005年に入りパンクラスの鈴木みのるとタッグを結成。海外に流出していたGHCタッグのベルトをイギリスで奪取した。
2006年9月には秋山を敗りジュニアでありながらGHCヘビー級王者に輝く。これにより史上初GHC5冠制覇を達成。
2008年9月には全日の世界ジュニアベルトを奪取。
2009年2月にカズ・ハヤシに奪われるまで全日・ノア両団体で防衛を続けた。
一方、自らがプロデュースする大会を成功させるなどプロデューサーとしての動きも見せている。
2009年3月、試合中に右ヒザ前十字靱帯を断裂し欠場。
三沢光晴社長亡き後の新人事で副社長に就任。2009年12月の日本武道館で復帰すると暮れに行われたジュニアの祭典「SUPER J-CUP 5th STAGE」で見事優勝。第4回大会に続いて2連覇を成し遂げた。
2010年1月4日、新日本の東京ドーム大会に参戦。タイガーマスクに勝利しIWGPジュニアヘビー級王者となる。(史上初メジャー3団体ジュニアベルト戴冠)
▼ 得意技紹介 ▼

不知火 【しらぬい】

丸藤正道の代名詞的技。
相手の顎を自分の肩にかけるようにして掴むと、そのままコーナーターンバックルを駆け上がり一回転しながら相手の後頭部をマットに打ち付ける。
この技には様々なバリエーションがあり、雪崩式やリバース式、パワーボムとの合体などの他エプロンから場外に行ったり場外で鉄柵、椅子、を使っても行う。(写真は雪崩式不知火)
さらに、技が変わるがコーナー最上段から行う雪崩式裏不知火とも言える技「不知火・改」もある。

From コーナー to コーナー 【ふろむこーなーとぅこーなー】

相手をコーナーに逆さ吊りにしておき反対側のコーナー付近からスワンダイブドロップキックで顔面を蹴る技。
当然の事ながらスワンダイブで6メートル以上の距離を飛べるだけの跳躍力をもっていないと出来ない技で身体能力の高い選手専用の技。