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| 本名 | 同じ | |
| 生年月日 | 昭和47年7月21日 | |
| 出身地 | 山口県山口市 | |
| 血液型 | A型 | |
| 身長・体重 | 180cm 107kg | |
| デビュー戦 | H4.6.25福島市体育館 対山本広吉 | |
| タイトル歴 | IWGPジュニア、IWGPジュニアタッグ、NWA認定インターコンチネンタルタッグ、オールスタープロモーションズ認定インターコンチネンタル、ジュニア7冠、UWAジュニアライト、NWA世界ウェルター、 | |
| 得意技 | 顔面ウォッシュ、スパイラルボム、コブラホールド、ドラゴンスープレックスホールド、スワンダイブ攻撃、火祭り刀威嚇 | |
| 入場テーマ曲 | Believe S Road | |
| コメント | 2001年GHCタッグトーナメントの大森のパートナーとしてノアに初参戦 「自分のやりたいプロレスがあった」とコメントし、その後も何度かノアに参戦する。 2002年には田中と共に炎武連夢を結成。他団体にも積極的に乗り込み2002年プロレス大賞ベストタッグ賞を受賞した。 橋本離脱後ZERO-ONEに残り中村取締役と共に新会社でZERO-ONE MAXを立ち上げた。 |
| 本名 | 田中正人 | |
| 生年月日 | 昭和48年2月28日 | |
| 出身地 | 和歌山県和歌山市 | |
| 血液型 | A型 | |
| 身長・体重 | 183cm 108kg | |
| デビュー戦 | H5.7.23 佐賀スポーツセンター、対リッキー・フジ | |
| タイトル歴 | WEWシングル、WEWタッグ、WEW6人タッグ、ECW世界ヘビー、ECW世界タッグ、世界ブラスナックル、インディペンデントワールドヘビー、世界ストリートファイト6人タッグ、NWAタッグ | |
| 得意技 | ダイヤモンドダスト、弾丸エルボー、コンプリートダスト | |
| 入場テーマ曲 | 弾丸-D.A.N.G.A.N- | |
| コメント | エンタメ路線を推進していたFMWの方針に反発し退団。同じく退団した選手と共にコンプリートプレイヤーズなるユニットを組む。そのリーダー的存在の田中は全日本プロレスやZERO-ONEなどを主戦場にし、幅広い活躍をした。その後橋本真也に見込まれてZERO-ONEに正式入団。 大谷と共に結成した炎武連夢で2002年プロレス大賞ベストタッグ賞を受賞。 |
| 本名 | 同じ | |
| 生年月日 | 昭和47年7月5日 | |
| 出身地 | 京都府亀岡市 | |
| 血液型 | O型 | |
| 身長・体重 | 178cm 95kg | |
| デビュー戦 | 平成4年7月21日 秋田・秋田県立体育館 対小島聡 | |
| タイトル歴 | GHCジュニア、IWGPジュニア、IWGPジュニアタッグ | |
| 得意技 | デスバレーボム、餅つきパワーボム | |
| 入場テーマ曲 | オリジナル曲(未CD化) | |
| コメント | 2001年、金丸を敗り第2代GHCジュニアヘビー級王者となる。10.9有明コロシアムで丸藤に奪われてしまうが、そのジュニア離れしたパワーでノアジュニア勢を大いに苦しめた。 2002年には、全日本プロレスにも乗り込みカシンの持つ世界ジュニアに挑戦するなど、積極的に他団体にも乗り込んでいる。 また、2003年2月に開催されたディファ杯ジュニアタッグトーナメントにも出場。決勝に進出するなどの活躍も見せた。 2006年12月、杉浦に勝利し二度目のGHCジュニア戴冠。 |
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本名 | 同じ |
| 生年月日 | 昭和49年12月13日 | |
| 出身地 | 神奈川県足柄上群 | |
| 血液型 | O型 | |
| 身長・体重 | 173cm 90kg | |
| デビュー戦 | 平成5年7月26日 宮城・松島町民体育館 対ウェリントン・ウイルキンスjr | |
| タイトル歴 | CMLL JAPANタッグ | |
| 得意技 | SP流星キック、流星レッグラリアット、流星ロック | |
| 入場テーマ曲 | 真撃のオフィシャルCD 出撃 | |
| コメント | 大阪プロレス退団後ZERO-ONEに参戦、入団する。ノアにも高岩とのコンビで何度か参戦経験あり。ZERO-ONEの旗揚げ戦では負けはしたものの丸藤と好勝負を展開した。 2004年に試合中に倒れ一時危険な状態になる。現在欠場中。 |
| 本名 | 同じ | |
| 生年月日 | 昭和40年7月3日 | |
| 出身地 | 岐阜県土岐市 | |
| 血液型 | AB型 | |
| 身長・体重 | 183cm 113kg | |
| デビュー戦 | S59.9.1 東京・練馬南部球場 対後藤達俊 | |
| タイトル歴 | IWGPヘビー、IWGPタッグ | |
| 得意技 | キック、垂直落下DDT | |
| 入場テーマ曲 | 爆勝宣言「ザ・プロレスリング’90S」<VICL-5041> | |
| コメント | 2000年暮れから2001年にかけてノアとの対抗戦を展開、2003年からは武藤とのラインから全日本プロレスとの全面対抗戦に突入。 2003年2月23日の全日本プロレス日本武道館大会でグレート・ムタに勝利し三冠ヘビー級ベルトを奪取した。しかし同7月、川田との対戦で右肩を負傷。三冠ベルトを返上した。結局その怪我が元で長期離脱に追い込まれZERO-ONEは多額の負債を抱えてしまう。 2004年10月に会社を畳み離脱した。 2005年7月11日逝去 |
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