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ポスト資本主義

[1] キックしたいなー - 2019/02/18(Mon) 03:06 ID:qYQy8zXE  [No.25668]
●「グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル」で、「GAFA(ガーファ)」。
日本ではまだ検索エンジンとしてヤフーが健闘してるが、世界の趨勢は「グーグルの1人勝ち」だ。
フェイスブックはもう駄目だろ。ツイッターの方が勢いある。インスタグラムももうすっかり下火になったしな。
時価総額で言えば、FBの代わりに「マイクロソフト」が入って「GAMA」だ。
●GAFAは「独占禁止法違反」ではないかという声もあり、「財閥解体、富の再分配」を求める者も多い。
●GAFAは「カジノ」だ。結局最後に儲かるのは胴元。
昔は色んな店で選べたものが、今はアマゾン1つになる。
●世界が「ネットの規制」に乗り出す前に儲けようと考えているGAFA。
GAFAは人々の欲望と本能に訴えかける。
●今の経済の暴走の犯人は、80年代にレーガンとサッチャーが推し進めた「新自由主義(ネオリベラリズム)」だという。
「規制緩和・減税・民営化」で、全てを「市場の自由」に委ねた。
「これが不平等・格差・ポピュリズムを生んだ。経済の自由が格差を生む」、と。
金持ちはより金持ちに、貧しい者は更に貧しく。
だからアメリカの若者は資本主義よりもむしろ社会主義を評価する。
但し、彼等にとって今の「資本主義、自由主義」「社会主義、共産主義」は「本来の意味のもの」ではない。
●「ポスト資本主義」は「シェアビジネス」だという。メルカリ、ウーバー、キャッシュレス、ベーシックインカム等。
仮想通貨もその1つ。
●謎の人物「サトシ ナカモト」。ビットコインの生みの親。9ページの論文から始まった仮想通貨狂騒曲。
●「ブロックチェーン」=「分散型台帳技術」。仮想通貨を支えるテクノロジー。信用を担保するのは国家でなく技術。
●「中央集権型システムから分散型システムに移行して世界中に拡がる。世界を1つにする」。
●脱中心化で「真の競争時代」の幕開け。
「出身・言語・貧富の差等は関係なく、どれだけの価値を生み出せるか。正に究極の自由市場だ」。
「無意味なもの」を「意味あるもの」に変え、新たな価値を産み出す。
●「皆が自分達の土地の価値を測り、その価値に応じて税金を払う。
税金と言っても、資産価値の一部だけが持っていかれるだけだ。
そして、もしもその価格で買いたいという人が現れたら、必ずその価格で売る仕組み。これが『オークション理論』だ。
このシステムの特徴は、土地の価値が滞る事無く、税金を通して分け前が人々に行くという事だ。
これは現在の経済システムよりも圧倒的に自由な市場と言える。同時に社会主義的でもある。
自由市場VS社会主義と考える人には矛盾している様に聞こえるかも知れないが」。
●西と東。自由を謳う資本主義、平等を謳う社会主義。しかし、「究極の自由主義」は「究極の社会主義」でもあるのだ。
●ヘンリー・ジョージもかつて「全ての税を廃止して地価税一本にするべき」と主張した。
東西対立の時代には誰も彼のアイデアを話せなくなってしまった。
●「所有」がある限り「独占」が生まれる。今の子らは所有欲が無い。
●「僕達の社会には真の意味で分散型市場システムが必要で、
その為には土地の私的所有という概念を絶たないといけない。土地は神や自然の物。
自由主義も新自由主義も、僕等から見れば余りにも個人主義的過ぎるんだ」。
●「ビットコイン人気は、ロックの貨幣観への皮肉な回帰だ」。
ジョン・ロックはイギリスの哲学者で、社会契約説によって近代民主主義の土台を築いた。
●貨幣は貸し借りの「債券」なのに「モノ」だと錯覚した市場は、2008年リーマンショックを引き起こした。
そして、ここでまた「計画を重んじるケインズの思想」が復活する。
FRBが保険会社AIGの破綻を防ぐ為に手を打ったのだ。仮想通貨信奉者はこの政策を批判する。
●ケインズは、雇用を増やす為の公共工事等「政府による計画経済」を推奨した。
ケインズは「中央計画と自由市場の妥協点」だと言われる。
「市場の行き過ぎこそ独裁を招く」とケインズは言った。「今が正にそれ」と言う人もいる。
だが「市場の監視」は結局中国の様な中央集権に繋がる。
●新自由主義の指導者の1人として、ミルトン・フリードマンもいる。
彼は「マネタリズム」を生み、一方では「国家によるコントロール」も容認した。
●若者にとってケインズは「中央集権」であり、フリードマンは「中途半端」なのだ。
彼等にとっては「新自由主義の教祖であったフリードリヒ・フォン・ハイエク」こそが「自由と解放の最高の擁護者」なのである。
●ハイエクは一方では合理主義を批判していた。
「1人当たりの生産性」等という物差しで人1人を測るべきではない。
今の資本主義は「成長資本主義」であり、「経済合理主義」。「人間の自由よりも経済の成長を重んじる現代社会」。
●アダム・スミスやハイエクが求めていたのは、「全ての人間がありのままで生きられる社会」、
「個人が国家に支配されない社会」。
人間とは本来愚かなもので、善と悪は相対的なもの。「本来の自由」とは「自らのイメージを作り出せる可能性」。
●これってスピノザと同じ事言ってるわw面白い。若者は行けるとこまで行った方がいいよ。




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