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ミスタープロレス・天龍引退!! ラストマッチは11月

[1] fun◆.Ej/jjRU - 2015/02/09(Mon) 12:06 ID:/xeeombY  [No.103454]
ミスタープロレス・天龍源一郎(65)が今年11月に引退試合を行うことが明らかになりました。
9日に天龍自身が会見を行い正式発表。13歳で大相撲に入門して1976年にプロレス転向。
以降39年間、数々の名勝負を生み出して一時代を築き上げた不世出の名レスラーは、ラストマッチをデビュー戦(1976年11月13日)と同日に設定。
会見に先立って、残る11か月間を全力疾走で駆け抜ける覚悟を明かした。
潔い決断だった。生涯現役を宣言していた天龍は、2日に65歳の誕生日を迎えた。腰部脊柱管狭窄症手術のため、2011年12月から翌年12月までプロ入り初の長期欠場。
62歳で驚異の復活を果たしたものの、無期限でボロボロになるまで戦うよりは、着地点を決めたうえ、全力ファイトで男の花道を飾りたいという思いから節目の年での引退を決断した。
すでに2月に入ってから近親者との食事会で引退の報告を済ませているという。11月の引退試合は天龍プロジェクト主催となるが、縁の深い新日プロ、全日プロ、ノアなどメジャー団体もミスタープロレスの最後の花道に協力を惜しまないだろう。
天龍を中心にしたオールスター戦になるのは間違いない。
天龍プロは3月東京・新木場、4月新宿フェイス、5月大阪・ボディメーカーコロシアム第2競技場で大会が決定。以降は11月まで熊本、故郷の福井、仙台、札幌など主要都市で大会を予定。
いずれの大会でも天龍と縁のある選手との試合が組まれる模様で、ミスタープロレスは全国のファンに男の散り際を見届けてもらうつもりとの事。

天龍の引退試合にまつわるコメントや情報など、今後はこちらのスレでお願いします。m(_ _)m


[94] たなか - 2015/11/21(Sat) 18:55 ID:5Z2sBpk2  [No.105073]
観戦記期待

[95] sf-masa★ - 2015/11/21(Sat) 21:45 ID:50x4eXG.  [No.105076]
観戦記ありがとうございます。
楽しみにしています。


[96] fun◇fLongoRY - 2015/11/22(Sun) 14:01 ID:RHBFZBqI  [No.105083]
>酒人さん

観戦記ありがとうございます。また、続きもお待ちしています。(^o^;

グッズ、大盛況だったそうですね…(私もまだ欲しいものも…苦笑)



それにしても、活動終了との事ですが、天プロの嵐や舞牙、土方らは今後どうすんでしょね…。

北原も9・2や引退興行では良い動きをしていたので勿体無い…

全日の方にでも上がってくれるとよいんだけど…(;^_^A


[97] ただの全日ファン - 2015/11/22(Sun) 23:21 ID:MvNzIBP2  [No.105087]
土方はこれからも引き続き全日本にフリー参戦してくれると思います。
天龍引退興行、G+で第4試合からだが見ました。
天龍の引退はいたし方ないですね。
鶴龍対決や長州とおの対決などで、どんなに技を食らってもへこたれない天龍を見てきたひとりとして、あんなに動きが鈍くなってるとは思わなかった。
73歳の小鹿や69歳のカブキの方がまだ動けるように感じた。
65歳の年齢や腰の怪我の影響だろうが、何か見ていて痛々しかった。
今まで長い間ご苦労さんでした。


[98] 酒人 - 2015/11/23(Mon) 11:08 ID:7qSZKPsY  [No.105089]
>funさん
グッズはとても買える状況ではありませんでした!
買えない悲しさもありましたが、天龍はやっぱり凄かったって気持ちの方が大きくて、今日はすごいところに来てしまったんだって、逆に試合前にテンション上がりまくりでした。


>ただの全日ファンさん
私も前に見た天龍に比べて衰えた感はいなめませんでした。
ただなんといったらいいか気持ちも含め強さは伝わりました。
恐らく痛めた多分腰のせいだと思ってます。
その辺の思った気持ちは今後の観戦記に記させていただこうとおもいます。



[99] 酒人 - 2015/11/23(Mon) 11:10 ID:7qSZKPsY  [No.105090]
■試合開始直前30分前
席に着いた我々。
ビールとつまみで乾杯( ^ ^ )/■
チケットは一枚無駄にはなりましたが三人なので割と広く使えました。
後ろも階段なので、後ろの人に気遣いしなくてもいいし、楽チン(^-^)/

入館時に渡されたパンフをレット見ると、なんとも豪華!
よくプロレス会場で買う1000円のパンフのレベルじゃない!
一枚めくると天龍からの直筆メッセージ!

以下、全文
----------------
本日はお忙しい中両国国技館にお集まり頂きありがとうございます
わたくし、天龍源一郎を応援して頂き、それを背に長い間頑張って来る事が出来ました。私自身も四十年プロレス生活が続くとは思いもよらずこれ程までに楽しく、そして熱い時間を過ごせた事に感謝しております。引退試合に参加して頂きました選手、関係者の方々に、心よりお礼申し上げます。
本日は、今、出来うる限りの最高のラインナップを提供出来たと自負いたしております。思う存分楽しんで頂ければと、思います。天龍源一郎、最後の試合!!信じられない思いです。この場所でこの舞台に立てることが、そしてこんな無骨なプロレスラーを四十年間も見守ってくれたファンに心からの感謝を伝えたい。もう腹一杯です。
ありがとうございました。

プロレスラー 天龍源一郎

-------------

かなりの達筆!
おそらく娘さんか奥さんが書いたのかもしれません(^-^)

■試合開始直前15分前
試合前の前説的な感じでリングアナがリングに上がった。
パンフによるとパンチ田原さんですかね。この方も天龍と深い縁がある方なのでしょう。
リングで熱い前説をしてくれました!

田原リングアナ「天龍源一郎引退試合!
革命終焉! このタイトルを書いてくれたのは島田まき代夫人です!」

もちろん天龍の引退のきっかけを知ってる人にはぐっとくる話です。
天龍は去年、腰の手術をしてカムバック、そのとき医者に今度怪我したら普通の生活も危うい、車椅子生活ですよと言われてたそうです。そんなとき奥さんの病気。自分が倒れたら誰が面倒を見るんだと思い、引退を決意したそうです。決して元気とは言い切れないであろう、もうやめてもいいんじゃないかと思ってたというまき代さんが筆を振るった事に、私にはわからないなりに、壮絶な愛が詰まっていることだけはわかりました。

田原リングアナ「私が初めて両国に来た時は、天龍、鶴田 対 ロードウォリアーズでした!!」
このときのリングアナの田原さんは完全にファンの一人になっていたように思います。否が応でもこちらの気持ちも高ぶります。名リングアナですね!

「さらに今日のスポンサーはメガネスーパーさんです!!」
客席から田原リングアナの一言一言に歓声が上がります!
メガネスーパーといえば天龍が全日を辞めてまで参加した新団体SWSのメインスポンサーです。天龍の人生の転機の一つと言ってもいい、そのときに関わった会社ですよね。それが今日のスポンサーとは!

あとになって気づいたのですが、パンフにメガネスーパーの広告がもあったのですが、それとは別に今はなき団体SWSからメッセージまでありました!!


「Straight and Strong SWS
天龍選手
レスラー人生39年お疲れ様でした。
そしてSWS発足からの2年1ヶ月間
本当にありがとうございました。

元SWS(SUPER WORLD SPORTS)
スタッフ関係者一同」

天龍が全日を捨ててまで加わったSWS。少なくとも現場はプロレス愛に溢れてたんですね。良かったなあって思いました!


長くなったので、続きはまた。
試合まで長くてスイマセンm(_ _)m


[100] 酒人 - 2015/11/23(Mon) 12:55 ID:7qSZKPsY  [No.105091]
■試合開始直前30分前
席に着いた我々。
ビールとつまみで乾杯( ^ ^ )/■
チケットは一枚無駄にはなりましたが三人なので割と広く使えました。
後ろも階段なので、後ろの人に気遣いしなくてもいいし、楽チン(^-^)/

入館時に渡されたパンフをレット見ると、なんとも豪華!
よくプロレス会場で買う1000円のパンフのレベルじゃない!
一枚めくると天龍からの直筆メッセージ!

以下、全文
----------------
本日はお忙しい中両国国技館にお集まり頂きありがとうございます
わたくし、天龍源一郎を応援して頂き、それを背に長い間頑張って来る事が出来ました。私自身も四十年プロレス生活が続くとは思いもよらずこれ程までに楽しく、そして熱い時間を過ごせた事に感謝しております。引退試合に参加して頂きました選手、関係者の方々に、心よりお礼申し上げます。
本日は、今、出来うる限りの最高のラインナップを提供出来たと自負いたしております。思う存分楽しんで頂ければと、思います。天龍源一郎、最後の試合!!信じられない思いです。この場所でこの舞台に立てることが、そしてこんな無骨なプロレスラーを四十年間も見守ってくれたファンに心からの感謝を伝えたい。もう腹一杯です。
ありがとうございました。

プロレスラー 天龍源一郎

-------------

かなりの達筆!
おそらく娘さんか奥さんが書いたのかもしれません(^-^)

■試合開始直前15分前
試合前の前説的な感じでリングアナがリングに上がった。
パンフによるとパンチ田原さんですかね。この方も天龍と深い縁がある方なのでしょう。
リングで熱い前説をしてくれました!

田原リングアナ「天龍源一郎引退試合!
革命終焉! このタイトルを書いてくれたのは島田まき代夫人です!」

もちろん天龍の引退のきっかけを知ってる人にはぐっとくる話です。
天龍は去年、腰の手術をしてカムバック、そのとき医者に今度怪我したら普通の生活も危うい、車椅子生活ですよと言われてたそうです。そんなとき奥さんの病気。自分が倒れたら誰が面倒を見るんだと思い、引退を決意したそうです。決して元気とは言い切れないであろう、もうやめてもいいんじゃないかと思ってたというまき代さんが筆を振るった事に、私にはわからないなりに、壮絶な愛が詰まっていることだけはわかりました。

田原リングアナ「私が初めて両国に来た時は、天龍、鶴田 対 ロードウォリアーズでした!!」
このときのリングアナの田原さんは完全にファンの一人になっていたように思います。否が応でもこちらの気持ちも高ぶります。名リングアナですね!

「さらに今日のスポンサーはメガネスーパーさんです!!」
客席から田原リングアナの一言一言に歓声が上がります!
メガネスーパーといえば天龍が全日を辞めてまで参加した新団体SWSのメインスポンサーです。天龍の人生の転機の一つと言ってもいい、そのときに関わった会社ですよね。それが今日のスポンサーとは!

あとになって気づいたのですが、パンフにメガネスーパーの広告がもあったのですが、それとは別に今はなき団体SWSからメッセージまでありました!!


「Straight and Strong SWS
天龍選手
レスラー人生39年お疲れ様でした。
そしてSWS発足からの2年1ヶ月間
本当にありがとうございました。

元SWS(SUPER WORLD SPORTS)
スタッフ関係者一同」

天龍が全日を捨ててまで加わったSWS。少なくとも現場はプロレス愛に溢れてたんですね。良かったなあって思いました!


長くなったので、続きはまた。
試合まで長くてスイマセンm(_ _)m


[101] 通りすがり - 2015/11/23(Mon) 15:41 ID:wv2vClWw  [No.105092]
天龍引退試合が地上波で テレ朝「ワールドプロレスリング」28日深夜放映
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151123-00000044-dal-fight


[102] 通りすがり - 2015/11/23(Mon) 19:00 ID:wv2vClWw  [No.105093]
天龍、日本一滑舌悪い司会者に HKT指原とタッグ
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151123-00000019-nksports-ent

>15日にプロレスの引退試合を行った天龍源一郎(65)が22日、タレントデビューした。
>都内で日本テレビ系バラエティー「みんなで悩めばコワくない」(12月6日午後1時15分)の収録に参加。
>HKT48指原莉乃(23)とタッグを組んで初の番組司会者に挑戦した。


[103] ただの全日ファン - 2015/11/23(Mon) 19:19 ID:SUk1BeOo  [No.105094]
>天龍が全日を捨ててまで加わったSWS
当時天龍がSWSへ移籍した時、天龍はトップに成りたくて移籍したんだなと思いました。
馬場、鶴田と言う当時全日本のNO.1NO.2がいたので、どんなに頑張ってもNo.3にしかなれない。
だから、No.1になれるSWSと言う団体に移籍したんだと思いました。
谷津がSWSへ移籍した時も同様の理由で思いました。

サムライTVのインタビューで元SWSの代表の方が言ってましたが、田中社長は、武藤敬司の新団体をつくりたかったようです。
もし、SWSのエースが武藤敬司だったら天龍は移籍してたのかな?
まあ、実際武藤敬司はSWSに移籍してないので、たらればはやめておきましょう。


[104] 酒人 - 2015/11/23(Mon) 21:47 ID:7qSZKPsY  [No.105096]
>馬場、鶴田と言う当時全日本のNO.1NO.2がいたので、どんなに頑張ってもNo.3にしかなれない。

あ、そうだったかもしれないです。
私の心情が大分入ってるので…
大量離脱のとき戻ってきてくれたのが全日をずっと気遣ってくれてたのかというイメージが強いのかも(^^;;

一応ここまでの映像…
そんなに多くはないですが…

ttp://sakebito.blog.fc2.com/blog-entry-1.html


[105] 酒人 - 2015/11/24(Tue) 21:49 ID:OSwJvzoc  [No.105102]
■開幕
時間になり、国技館が暗転。
場内が歓声に湧きます!

四方に設置されたモニターに天龍のプロレス人生の振り返り映像が流れました。
最初は天龍の相撲入門、そして引退。
印象に残ったのは、土俵ではなくリング上での断髪式の写真!
正直、これは知らなかった(^^;;

そして日本人唯一、馬場猪木からフォールをとった男と紹介。
もちろんこの事実は知っていたのですが、映像を見たことはなかった。フォールを取ったシーンが再生されて絶句…Σ(゚д゚lll)

馬場に放ったパワーボムは、通常パワーボムなのに垂直落下式のような物凄い角度で全体重をかけて落とす!!
酒人「あ゛あ゛あ゛ぁーーっ!なんだこりゃーっ!」
川田の三冠パワーボムを見たときも驚いたが、それ以上の衝撃を受けた。
同じく猪木戦でも超高角度パワーボム!やばすぎる!
よく鶴田がバックドロップの角度を調節してたなんて話があるけど天龍のパワーボムもそうだったのかな??

その後も各団体への参戦模様の写真が映し出されて…
そんなわけでモニターに本日のカードが紹介されました!
一つ一つのカードの発表に会場が湧きます!
ちなみに自分が期待するカードはメイン以外だと、高山、藤原組長vs鈴木みのる、村上 ですかねー(^ー^)ノ

前振りばかりですいませんでした。
次から試合について書きますm(_ _)m


[106] 酒人 - 2015/12/07(Mon) 23:12 ID:iFnrg91o  [No.105162]

■第1試合
リッキー・フジ&高木三四郎 VS  ジ・ウインガー&菊タロー

パンフレット「龍の目」より
天龍の試合へのコメントが入っていました。
---------------|
「何より大事な第一試合、
静かに終わったらケツバット!」
この試合に関しちゃ…どうでもいいよ(ニヤリ)どうでもいいっていうのはオープニングが大事だってことは当然理解している4人だと思うからね。11月15日のすべてがお前たちかかってるよ!という気持ちで第一試合に組んだから。もしお客様が静かなようだったら…帰ってきて、トイレでケツバットだってちゃんと書いといて。
---------------
さて、だいぶ記憶も曖昧になってきてるけど、思い出しながら…

試合が始まったけど、開始前に異様な盛り上がり。菊タローはこんな雰囲気の第一試合を経験したことあっただろうか…
この試合、リッキーフジとウインガーは私的に多分初見です。
個人的には久々に見る菊タローに期待してます。色んな意味で…
なんだかいつもと違う雰囲気に菊タロー。しかし徐々に本領発揮。
菊タローはリッキーフジに足4の字固めを仕掛けるも足が短くロックできない。笑いが起き始めた頃になぜかそれを助けてあげて無理やり引っ掛けてあげるレフェリー(^-^)
笑いも取れて会場にお笑いの雰囲気に。せっかくレフェリーに手伝ってもらったのに裏返しにσ^_^;
「痛だだだだ!!」
お決まりのパターンですがこういうのがいい!
菊タローを知らないお客さんも、今までいないタイプの笑いが取れるレスラーに慣れてきた様子。
まぁ、会場あったまりすぎ過ぎでたので雰囲気を変えたのは良かったかもです。ところどころに4人の軽快な動きが加わりこのギャップがいいんだよなぁ。大阪プロレス全盛期がまた見たいです。あと菊タローのやたら長い前口上のブレーンバスターを決めましたが、方向が逆のため聞き取れず…(-。-;
最後はリッキーがウインガーにダブルアームの体制からのDDTでフィニッシュ。
第一試合としては良かったんではないでしょうか。リッキーフジに思い入れがある人はまた違った気持ちで観れたんだろうな。
個人的には高木三四郎の活躍場面がもっと欲しかったなぁ。
「しゃちょーー!!」って叫んだのになぁ
勝っても負けても菊タローにはケツバットなんでしょうかσ^_^;



■第2試合 タッグマッチ

里村明衣子&カサンドラ宮城  VS DASH・チサコ&仙台幸子

パンフレット龍の目より
---------------
「実直に頑張るセンジ■第2試合 タッグマッチ1/30
里村明衣子&カサンドラ宮城  VS DASH・チサコ&仙台幸子ョにスポットライトを浴びてほしい」
俺の引退ロードで対戦した里村を買って抜擢したんだけど、それだけじゃなくてウチの代代表がセンダイガールズをぜひここに入れたいと。いま女子プロはどこがどうなってるのか、わからない状況だけど、ただひとつ実直頑張ってるのが仙女だと。両国のリングに、上がって思い切りスポットライトを浴びてほしいね。
---------------
ちなみに代表とは、言わずと知れた天龍の娘さんです。
天龍が引退ロードで、特に女子プロと絡みがあると常に里村の名前を出すんですよね。自分は初見だけど里村応援な感じで観戦しました。自分が里村応援だったせいか、一緒に行った友達は逆に仙台幸子組を応援してました。
そうそう、四人とも仙女なんですね!

試合が始まってみると里村の強さが半端ない(゚Д゚)圧倒的じゃないか!
アムロの気持ちになる。脳内再生してほしい…
女子プロに、一人バリバリの引き締まった男性レスラーが加わったかのようだった。
と、ビグザムを初めて見たときのしかし結果は別。
最後は最後は仙台幸子がカサンドラ宮城にフロッグスプラッシュを決めてピン。

いい試合だった(^ー^)ノ
一緒に行った友達も女子プロおもしれーっ!!って盛り上がってた!
連れて行ってよかった。
自分も負けたかもしれないけど里村ファンになりました!

続きが遅くなりすいません。
私事で遅くなりました。
書いた分から投稿させていただきますw


[107] 酒人 - 2015/12/08(Tue) 01:10 ID:nSL3/2YI  [No.105165]
変な連投すいません
106、107は誤りです。
削除キー入れてなかったので誤植しまくりでした(-。-;


[108] fun◆fLongoRY - 2015/12/08(Tue) 23:51 ID:Z93nOQKc  [No.105172]
>酒人さん
削除依頼スレッドもありますので、管理人さんに消してほしい間違えた投稿の削除をお願いされてみても良いかと思いますよ。(^o^)

酒人さんのご都合で良いので、続きもお待ちしています。(^^ゞ



東スポのプロレス大賞ですが11月15日、東京・両国国技館で行われた天龍源一郎の引退試合、天龍VSオカダ・カズチカが年間最高試合賞(ベストバウト)に輝きました。

移動中に嶋田紋奈・天龍プロジェクト代表(32)から朗報を聞いた天龍は「正直言って驚いた。思わず親子でハイタッチしましたよ。今夜は女房(まき代夫人)とビールで乾杯します」と笑みを浮かべた。

 9月にオカダとの一騎打ちが決まった後は「ベストバウトを狙う」と公言していたものの、内心は揺れていたという。

「狙うとは言ったが、相当なプレッシャーに襲われた。でもこれで肩の荷が下りた。技の攻防だけではなく、見てくれた人に勇気を与えるような試合ができたと思う」

 試合数日後にはオカダから「パワーボムに挑戦する形になると会場がひとつになり、泣きながら応援する人もいて、これがプロレスだなって思いましたね」と感慨深い言葉も送られた。だが引退しても天龍は天龍。「カーッ、あの野郎。パワーボムをこらえながら会場を見渡す余裕があったのか。カメレオンみたいな野郎だな」との罵詈雑言も忘れなかった。

 それでも見事に介錯してくれたレインメーカーには「あの年齢で3度目のMVPか…。これから周囲の期待にもがき苦しむ時期が必ず訪れる。その状況を突き抜けてこそ一流のプロレスラーだよ」と独特のエールを送った。

 この日の夜はバラエティー番組に出演するなどタレントとしても多忙を極める天龍。本人も驚いた「最後のベストバウト」で、引退イヤーを鮮やかに締めくくる事が出来たようです。

 それと、天龍は特別功労賞も贈られることになったそうです。これでプロレス大賞で獲得した賞の総数は「22」。故ジャンボ鶴田さんと並んで最多タイとなった。「身を引いた人間ですし功労賞だけなら授賞式は遠慮しようと思っていましたが、これで堂々と出席できます」と天龍は“ミスタープロレス大賞”らしく胸を張っていたそうです。


また、天龍プロジェクト代表の嶋田紋奈さんのメッセージです。

天龍源一郎、東京スポーツプロレス大賞・2015年度年間最高試合賞、受賞致しました。
引退する身でこの賞を頂くことや、ほかの選手の方々も素晴らしいファイトをされてきていますので、賛否両論あるとは思いますので、それは甘んじて受け入れるつもりですが、
この快挙を引退発表の2月から共に闘って下さいましたファンの皆様と喜びを共有出来ますことは、素直に感謝致します!
本当にこの10カ月間、多大なるご声援を頂き、改めまして、ありがとうございました!

天龍プロジェクト
代表 嶋田紋奈


[109] 酒人 - 2015/12/12(Sat) 00:25 ID:UWXuZIe6  [No.105190]
>funさん
削除スレッドの件、そうさせてもらいますm(_ _)m
アドバイスありがとうございます。
功労賞だけなら授賞式は遠慮しようとはいい話ですね!
忙しいと言いながらもう試合から1ヶ月たってしまってで申し訳ないのですが、よろしくお願いします。


[110] 酒人 - 2015/12/12(Sat) 00:35 ID:UWXuZIe6  [No.105191]
>funさん
削除スレッドの件、そうさせてもらいますm(_ _)m
アドバイスありがとうございます。
功労賞だけなら授賞式は遠慮しようとはいい話ですね!
忙しいと言いながらもう試合から1ヶ月たってしまってで申し訳ないのですが、よろしくお願いします。


[111] 酒人 - 2015/12/12(Sat) 00:49 ID:UWXuZIe6  [No.105193]
遅くなりましたが続きを。

■第3試合 10人タッグマッチ
獣神サンダー・ライガー&筑前りょう太&グルクンマスク&シマ重野&ドラゴンJOKER  VS  怨霊&空牙&TARU&FUJITA&ヤス久保田

---------------
パンフレットのあった「龍の目」より

「国技館に鳴り響くライガーのテーマ曲に酔いしれたい。」
両国国技館にライガーのテーマ曲が鳴り響くだけで満足でしょう、ワハハ!それに食われないように日本全国各地で頑張っている選手が自分を発揮してくれれば、試合はおのずと面白くなる。あとJOKERはこれが最後の試合になるんだから、自分を見失わないで天プロを見せてほしいね。
---------------|
自分はTARU以外は初見。多分…
天龍のコメントの通り、パンフを見るまでもなくライガーの入場に期待してました。
TARUの入場ではいつものようにペットボトル振り回してリング近くの観客に水しぶきを浴びせかけてました。
昔、武藤全日に参戦してた頃は、見に行くと最前列に構えて必ずびしょ濡れになってるコアなファンがいたなぁ。
ただTARUを見るのは平井さんの事件以来、初めてなので、平井さん今はどうなっているのか気になります…(-。-;
少しでも回復してるといいのですが…

そんなこんな思いながら最後の入場はライガー!個人的に生ライガー初体験(^-^)
入場曲がかかった瞬間にうぉーっっ!!って歓声が上がる!さすがレジェンド。自分も歓声の一人ですがσ^_^;
国技館がこの日初めて一体化した瞬間かもしれない。

この試合の展開は初見の選手が多くて、細かくは覚えていない、10人タッグは目まぐるしくてなかなかねぇ。一番インパクトがあったのは怨霊。
自分は名前くらいしか知らなかったけどなかなかインパクトありました。
リングアナのコールでは体重0パウンド!知ってる人はお決まりですけど楽しいだろうなぁ。
試合の先鋒で登場した怨霊。
ロックアップ?だったかな、その瞬間にリングに白い煙が!
両国どよめきました!
どんな仕掛けがわからないが組んだり技を食らった瞬間、身体中から(小麦粉のような)煙が大量に!!
その後は10人タッグらしい試合。
なんか最後は試合後にエキサイトしたのかマスクを脱いでアピールしてました。聞き取れませんでしたw
あとのネットで見たところによるとドラゴンJOKERだったようです。天龍のコメントとネットの記事を合わせると、今後は素顔で戦うということなのかな。
ちなみに怨霊はネタレスラーのイメージしかなかったけど、なかなかいいレスラーだなと思いました。


■第4試合 6人タッグマッチ
ザ・グレート・カブキ&KAI&舞牙 VS グレート小鹿&葛西純&杉浦透
---------------|
パンフレットのあった「龍の目」より
「カブキ対小鹿の50年遺恨をW-1のKAIが食えるか!?」
メインテーマはカブキさんと子鹿さんと50年来の因縁になると思うんだけど、もうひとつ注目はKAI。快くオファーを受けてくれた彼には感謝してるんだけど、カブキさんとか小鹿さん以上に目立たないといけないだろうし、インディのカリスマでいやらしい葛西純を相手にどれだけ貫禄を見せてくれるか。
---------------|
パンフの細かいところは後から見ましたが、KAIは天龍に期待されてるなぁ。ジュニアの時は無骨で格下の時も諦めなくて格好良かったけど、ヘビー転向後は成績は悪くなさそうなのに人気はイマイチだねぇ。最近はリアル嫌われキャラっぽい感じだし。まぁ気は強いからこれからでしょう。ただW-1だと切磋琢磨できる相手がいないかな…(-。-;
ジュニアならいろいろ楽しみがありそうだけど。今は不毛な時期かもだけど頑張ってほしい。あと!DDT高木社長のプロデュースに期待してます!。

で、試合ですが、まずは入場シーン。
小鹿社長の軍艦マーチ聞けてよかったー!そしてカブキの入場で毒霧!!
リング上でヌンチャク!!正直これだけで十分満足。いいもの見せてもらいました!

天龍の期待とは違って、やっぱり、試合の中心はカブキ対小鹿の流れ。
カブキと小鹿の闘いで手助けやカットに入るとブーイング。これはもう二人を食うなんて無理でしょ!そもそもKAIは入場からカブキペイントだったし試合前から味方に食われてるようなもんだし。まぁレジェンドを立てたんでしょう。

終盤は入り乱れながら小鹿組が優勢、小鹿と葛西がラリアットの共演かと思いきや、カブキのカウンター毒霧!、舞牙はトラースキック!助けに入る杉浦にカブキが毒霧!
この辺は流石カブキ!魅せ方わかってるなぁ!
ここにKAIが加わって杉浦に3人同時のトラースキック!
最後はKAIのスプラッシュプランチャで勝利!
やっぱりカブキは役者、レジェンドだなぁ。
もちろん小鹿社長にも生涯現役で頑張ってほしい(^○^)

ちなみに友達はいい年齢のカブキ小鹿の闘いに楽しんでいましたが、この最高のタイミングでの毒霧に大興奮してました。


■第5試合 タッグマッチ
小川良成&ケンドー・カシン  VS NOSAWA論外&新井健一郎

---------------|
「紋奈代表(天龍娘)の推奨カード !クセ者vs試合巧者の結末は…」
天龍プロジェクト代表の推奨カードですよ(ニヤリ)小川良成とケンドーカシンが組んで欲しいってのは代表たっての希望で、そこに論外、アラケンという試合巧者がいる。性格的にひと癖もふた癖もある小川、カシンにどうプロレスの技で立ち向かっていくか。頑固親父を遊び人の息子がどう説き伏せるかっていうヤツですよ。
---------------|
まぁカシンは仲間割れするんだろうな〜。仲間割れしない試合の方が珍しいイメージがある。
試合は序盤から場外乱闘。らちがあかないと思ったのか、場内にいきなり「カウントイレブン!」
会場にちょっと笑いが起こる。そしておきまり的にカウント19で全員がリングに戻るσ^_^;
で、あれこれあってリング上はNOSAWA対カシン&小川に。小川がNOSAWAを羽交い締めにした瞬間、会場は同士討ちを想像して「あーーっ!」って声が湧く。
NOSAWAは直前で回避したもののカシンも予想を覆して同士討ちを直前で回避。カシンが自信満々にそんなことにはならないぞと小川に手を差し伸べた。と思ったらカシンは何故か意図的に小川に張り手を一閃!
結局、これで仲間割れ…まぁ既定路線か…
これを機にNOSAWA&新井組が優勢に。最後はNOSAWAが小川を丸め込んでピン。
と思ったら何故かカシンが助けに入って裏返して小川がNOSAWAからフォール。カシンは意気揚々と一人先にリングをあとにしました。

個人的には同じ曲者でも、一瞬の切れ味で試合を決める新日時代のカシンの方が好きだったなぁ…



[112] fun◇fLongoRY - 2015/12/12(Sat) 08:14 ID:wqk4cIIE  [No.105195]
>酒人さん

>>111

第3試合の10人タッグマッチですが、JOKERはFREEDOMSの進でした。(TVだとはっきりわかります。)

マスクを脱いだ進は「はじめまして、FREEDOMSの進です。3年間、天龍さんの元でドラゴンJOKERやらせてもらったんですけど、今日でドラゴンJOKER終わります。ありがとうございました!」と天龍引退と共にドラゴンJOKERにも別れを告げていた様でした。


[113] fun◆fLongoRY - 2016/01/23(Sat) 00:00 ID:zyTSUY8w  [No.105360]
東スポの【プロレス大賞授賞式】ですが、ノア参戦中の殊勲賞・鈴木みのるが“天龍超え”を予告したそうです。

殊勲賞に輝いた性悪王・鈴木みのる(47=パンクラスMISSION)は“天龍超え”を予告。

巡業の合間を縫い、授賞式に駆け付けたみのるは坂口相談役が乾杯のあいさつをしている最中に天龍と談笑する“暴挙”。「何言ってるか分からね〜よ」「いや、天龍さんも負けてないですよ」「大丈夫。俺がこんなこと言っても向こうも聞き取れないから」などと言いたい放題だったという。(なんと性格が悪い2人だ…。笑)

天龍と旧交を温め、相好を崩したみのるだが、内心には別の感情も込み上げた。「素直に2つ、思ったことがある。引退試合で功労賞と同時にベストバウトという評価をもらえる天龍源一郎って『すげえな』っていうのが一つ。もう一つは、ダメだから引退していくわけじゃん。そういうヤツに一番良かった試合という評価をされている事実が悔しい。ムカツク」

65歳で完全燃焼した天龍に強烈な生きざまを見せつけられ、新たな火がついた。「天龍源一郎は人々の温情で65歳で(賞を)取ったけど、俺はたぶん、そのトシでタイトルマッチやって最前線にいると思うから。俺が65歳を超えるってことだよね」とみのるは堂々宣言した…との事。


[114] fun◆fLongoRY - 2016/01/23(Sat) 00:00 ID:zyTSUY8w  [No.105361]
連続投稿失礼します。

東スポの【プロレス大賞授賞式】で天龍 最多タイの授賞数「22」に「感無量のひと言」とのコメントを寄せたそうです。

年間最高試合賞(ベストバウト)に選ばれた天龍源一郎(65)には特別功労賞も贈られました。これでプロレス大賞で獲得した賞の総数は「22」となり、故ジャンボ鶴田さんと並ぶ最多タイ記録で“有終の美”を飾りました。

「感無量のひと言。太刀川(恒夫=東京スポーツ新聞社)会長があいさつの冒頭でも、俺の引退試合を引き合いに出してくださった。肝に銘じてこれからの活動の支えにしたい」と神妙な表情を見せていたそうです。


[115] fun◆fLongoRY - 2016/01/24(Sun) 11:14 ID:WSyEeeDo  [No.105363]
東スポのプロレス大賞授賞式で天龍がオカダ永久政権を認めたそうです。

オカダ・カズチカは、授賞式で引退試合の相手を務めた天龍と再会。年間最高試合賞(ベストバウト)に選ばれた同戦以来初めての対面で、改めて日本プロレス界の未来を託された。

この日(1月21日)は、ベストバウトに選出された引退試合以来、初めて天龍とのツーショットが実現。両雄はそれぞれの言葉で歴史的一戦を振り返った。


 天龍:(試合後)倒れている俺に深々と礼をしてくれたらしいけど、全然見えなかったんだ。今日改めて顔を合わせてみると、笑顔のすがすがしい青年だね。ただこれだけは言いたい。オカダよ、俺と同じ時代に生きていて本当に良かったな。ベストバウト取れたじゃねえか、コノヤロー。

 オカダ:世間に響く試合ができたのかなと。天龍さんからはカッコ悪いことのカッコ良さを学ばせてもらった。カッコいいことがそのままカッコいい僕とは真逆というか…。僕がカッコ悪くなった時に参考にさせてもらいます。まあ、そんな日は来ないと思いますけど。

 「昭和」と「平成」のプロレスをつむいだ同戦で、オカダは見事に天龍を介錯した。その瞬間に、確かに「時代」のバトンタッチを受けた。

 天龍:新しい時代のレスラーでありながら昭和のプロレスができる。そこに改革の志が加われば、とんでもない存在になる。これからのプロレス界を支えるにふさわしい男だと思いますよ。

 オカダ:背負うつもりはないですけど、ドームでも棚橋(弘至)さんに勝って、俺がやっていかないとダメだって思いはあります。あとは俺に任せてください、ですかね。今度試合を見に来てもらいたいですね。戦って感じた僕のすごさを、次は見て感じてもらいたい。

 37歳の年齢差を超えて、激闘の末に認め合った2人。その奥底には、プロレスというジャンルをさらに向上させたいという共通の夢もあった。

 天龍:俺もSWSを旗揚げした1990年には、プロレスがプロ野球にも負けないステータスを持った存在にしたいという夢を抱いていた。彼ならできるよ。レスラーがスポーツ選手の長者番付に名を連ねる時代を再びもたらしてくれると思う。

 オカダ:僕はその時代を知らないですけど、天龍さんもそういう思いだったというのは素直にうれしい。受け継ぐとかでなく、代わりに僕が、今度は僕の後輩たちのためにそれをやりたいですね。

 新日プロのトップを走り続けた中邑真輔(35)は31日付で退団し、米国WWE挑戦が確実視されている。引退した天龍に続き、現在のプロレス界においてオカダが背負うものはますます大きくなる。

 天龍:中邑が米国でスーパースターの座を狙うなら、オカダは日本でスーパースターになればいいじゃない。プロレス界の新しい時代を切り開いてほしい。期待しているよ。しかしアイツは今日、スリーピースで決めていたな。儲かってんのかコノヤロー。

 オカダ:天龍さんが引退したから、天龍さんのプロレスを見てきた人に「もういいや」と思われたくない。それと同じで、先輩が新日本を辞めるから、新日本に興味なくされるわけにいかないですし。こうなったらもう僕が行くしかないでしょう。僕一人ズバぬけさせてもらおうと思ってますね。

 ミスタープロレスから業界の未来を託されたレインメーカーは「引退するとしたら、天龍さんより1年長い66歳でしましょうかね。16でデビューだからちょうど50年ですし」と“長期政権”を予告。これからもプロレス界にカネの雨を降らせ続けることが、オカダの責務であり使命でもある…

との記事でした。


[116] fun◆fLongoRY - 2016/02/11(Thu) 13:46 ID:r/voG2wg  [No.105414]
引退後も「龍魂伝承シリーズ」としてインストアイベントなどの活動があるようです。

天龍プロジェクト
現役を引退し、今後はプロレスや天龍自身が53年の格闘人生で経験した事柄を誰かに『伝承』していく事を大きな目的として皆様と過ごして参りたいと思います。
引退試合DVD、引退ロードDVD 発売に伴うインストアイベントもその一環です。


【開催日時&開催場所】
★2016年2月25(木)タワーレコード新宿店/19:00〜
ttp://tower.jp/store/kanto/Shinjuku
★2016年2月28(日)HMV&BOOKS(渋谷モディ店)/17:00〜
ttp://www.hmv.co.jp/news/article/1511060066/
★2016年3月5 (土) HMV 三宮VIVRE店/時間未定
ttp://www.hmv.co.jp/store/SAN/
★2016年3月6(日)タワーレコード梅田NU茶屋町店/14:30〜
ttp://tower.jp/store/kinki/UmedaNUChayamachi
★2016年3月22(月)神保町・書泉グランデ/19:00〜
ttps://www.shosen.co.jp/event/28101/
★2016年5月15日(日)北海道・HMV札幌ステラプレイス店/時間未定
ttp://www.hmv.co.jp/store/SAP/

※お問い合わせは各店舗へお願い致します。
※イベント参加などの条件は各店舗により異なりますのでご注意ください。


[117] fun◆fLongoRY - 2016/02/14(Sun) 13:42 ID:ejuLgOmw  [No.105429]
2月13日(土)、東京・早稲田のリーガロイヤルホテルで『天龍源一郎引退記念パーティ』が行われたそうです。

徳光和夫さん、三遊亭円楽師匠、坂口征ニさん、アニマル浜口さん、前田日明さんほか、グレート小鹿、ザ・グレート・カブキ、北原光騎、高山善廣、関本大介、佐々木貴、リッキー・フジ、里村明衣子ら300人が会場を訪れ、天龍の功績を称えたとの事。
2月2日に66歳の誕生日を迎えた天龍の顔をあしらったバースデーケーキも登場したそうです。

また、乾杯の音頭を取った坂口征二は「天龍選手と自分と、これで長州がいれば、聞き取りにくい3人衆」と周囲を笑わせ、天龍は「おかげさまで無事に現役を引退できました。医者によると80歳くらいまで生きなきゃいけないらしいけど、何があるやら」と笑顔を見せたそうです。


[118] fun◆fLongoRY - 2016/05/15(Sun) 23:50 ID:v82Uao1M  [No.105799]
今日、HMV札幌ステラプレイス店でのトークショー&特典会が行われ、友人と一緒に行ってきました。
とても素晴らしい時間を天龍さんと綾奈さんと共有でき、とても嬉しかったです。
(サイン&撮影会までして頂き、本当にありがとうございました。)


今日のイベントで綾奈代表から新情報の発表があり、昨年の引退ロードツアーのドキュメンタリー映画の秋公開の発表も
ありましたので追記させていただきます。


以下天龍プロジェクトより

私達の宝物の集大成がまた、蘇ります。
一年間声を枯らして応援して下さったファンの皆様。
汗水流して寝る間も惜しんで動き続けてくれたスタッフ。
たくさんの場所に天龍ラストを華々しく送る為にご尽力頂いた各団体様。
天龍プロジェクト最期の年に出場頂いたプロレスラーの皆様。
全てがきっと主人公であり、出演者だと思っています。

「LIVE FOR TODAY 天龍源一郎ドキュメンタリー」

2015年11月惜しまれつつも引退したミスタープロレスこと天龍源一郎。
引退発表会見から引退試合までの日々に迫ったドキュメンタリー映画。

本作では、引退発表会見に向かう車中や新日本プロレスG1 CLIMAXにてオカダカズチカに対戦表明した直後の様子など完全密着している。
また、天龍プロジェクト代表であり娘の嶋田紋奈と二人三脚で引退ロードを駆け抜けた姿も余すことなく撮らえている。
天龍革命最後の一年。
Revolution Final Tour。
腹一杯のプロレス人生。
天龍は何を想い、何を語ったのか。
プロレスラー天龍源一郎の生き様に迫る。

2016年秋公開予定。

企画:天龍プロジェクト
製作:ブースタープロジェクト
企画協力:ミレニアムプロ
監督:川野浩司


[119] 深町哉 - 2016/06/27(Mon) 07:21 ID:tW1RwYE2  [No.105940]
告知
今回、こう言ったライブ主催いたします!
「レッスルプラネット」プロレス×お笑いのイベント第一回目!
ゲスト 高山善廣選手
2016年7月26日18時30分 場所中野Studio twl
よろしくです!予約
hajimefukamchi0126@gmail.com まで!


[120] 深町哉 - 2016/06/27(Mon) 07:22 ID:tW1RwYE2  [No.105941]
告知
今回、こう言ったライブ主催いたします!
「レッスルプラネット」プロレス×お笑いのイベント第一回目!
ゲスト 高山善廣選手
2016年7月26日18時30分 場所中野Studio twl
よろしくです!予約
hajimefukamachi0126@gmail.com まで!


[121] fun◆fLongoRY - 2016/08/01(Mon) 08:16 ID:BLDCgdXM  [No.106073]
“ミスター・プロレス”天龍源一郎が『G1 CLIMAX 26』を辛口分析!! はたしてAブロックの本命・対抗・大穴は? 特別インタビュー!(前編)


――今回は『G1 CLIMAX』について、いまやマット界のご意見番である天龍さんにお話をおうかがいできればと思います。天龍さんは過去に1998年と2004年の2回、『G1』に参戦経験がありますが、シリーズ自体にはどのような印象を持たれていますか?

天龍 そうだね。『G1』は真夏のクソ暑い時期に、そうそうたるメンバーと連戦で闘い抜いていかないといけないっていうね。ホントにハードなシリーズでしたよ。「新日本も酷なことさせるな?」っていうね(ニヤリ)。

――では、試合後のビールもさぞ美味しかったのでは?(笑)。

天龍 いやもう、ビールを飲むのすらシンドかったですよ(苦笑)。逆にいえば、当時は「この『G1』を乗り切れば…!」っていうのはあったね。レスラーとしてひとつのヤマを越えるというか。

――1998年の『G1』はトーナメント形式で、天龍さんは1回戦で武藤敬司選手との初対決をパワーボムで制し、2回戦は橋本真也さんとの激闘の末、DDTで敗退されています。いま、当時を振り返ってみていかがですか?

天龍 あの頃は“闘魂三銃士”が日の出の勢いでね。俺なんかは“外敵”として、彼らに立ち向かっていったっていう感覚がありますよ。しかもその下にはまだ、テンコジとか永田(裕志)や中西(学)っちゅう、元気なアンちゃんたちもいてね(笑)。

――まだ、第3世代も20代でしたから。そして、天龍さんは2004年の『G1』では、さらにその下の世代にあたる棚橋弘至選手、中邑真輔弘至選手、柴田勝頼選手の“新・闘魂三銃士”とも対戦しています。

天龍 このときは“新・闘魂三銃士”なんてカッコいい言いかたをされているけど、俺としては「こんなアンちゃんたちに負けるわけがない!」っていう、そんな気概で向かっていったのを覚えていますよ。

――なるほど。

天龍 あとは彼らのプロレスに対する思いはどのくらいものなのか? 技に執着はあるのか? そのへんを探りながら試合をしたというか。まあ、当時は中邑(真輔)なんかも線もまだ細かったし、柴田(勝頼)はやたらトンがってた印象がありますよ(ニヤリ)。

――当時から個性が際立っていた、と。

天龍 もう、柴田はその頃から「新日本で誰とも交わりたくない!」っていう一匹狼みたいな匂いを感じさせていたよね。コッチにも「コノヤロー、ブッ潰してやる!」って思わせるような選手でしたよ。フフフ。

――当時、棚橋選手たちからは、ゆくゆくは「新日本を背負っていく」というようなものは感じられましたか?

天龍 やっぱり、「プロレスが好きだ」っていう気持ちは3人全員から伝わってきましたよ。そもそも、プロレス好きじゃなければ、あの頃のゴチャゴチャしていた新日本でがんばろうとは思わないだろうし(笑)。

――たしかに、いろいろと外野が騒がしい時代でしたからね。

天龍 でも、俺や鈴木みのる、(佐々木)健介や高山(善廣)たち外敵に対しては、新日本のレスラーからは「負けてなるものか!」っていう団結力が感じられましたよ。で、俺たち“外様”は常に新日本側の悪口を言って、盛り上がってたけどね(笑)。

――天龍さんはこの『G1』2度目の参戦時、すでに54歳でしたが、決勝トーナメントまで進出しているのは、いま考えても本当に凄いですね。

天龍 フフフ。だから、俺にしてみれば、いまの“第三世代”って呼ばれている人間が、どこか「自分の中で貫禄がついた」と思って、何かしら線を引いちゃってるのか、周りにそうされているのかわからないけど、おとなしく見えちゃうのが不思議でしょうがないですよ。

――“第三世代”はみなさん40代ですから。「老け込むのはまだまだ早い」と?

天龍 あたりまえですよ! まあ、安泰っていうのは惰性の始まりだからね。

――では、今回の各ブロックについて展望をお聞きしたいのですが、まずAブロックで天龍さんが気になる選手は?

天龍 一番がんばらなきゃいけないのは、やっぱり天山(広吉)でしょうね。ここに至るまでのいろんな経緯を聞くと。

――当初、出場メンバーには入っていませんでしたが、その熱意に打たれた小島(聡選)手が枠を譲るかたちで、“最後の『G1』”としてエントリーすることになりました。

天龍 まあ、俺はプロレスの世界で“最後”とか、“これで辞める”と言って、そのとおりにしたレスラーなんか見たことないけどね(ニヤリ)。ただ、俺に言わせれば、小島に譲ってもらってノコノコ出てくる天山も天山だよ。本来なら、ここは一歩引いて小島のサポートに回ったほうが潔かったと思いますよ。ただし、出てきたからには結果をシッカリ残さないとね。ベテラン選手が大きな団体で振るいにかけられるっていう、いい見本になるんじゃないですか? これは辛口に聞こえるかもしれないけど、俺なりの天山へのエールですよ。

――奮闘を期待しているからこその辛口だと。

天龍 あと、俺がAブロックで気になるのは後藤(洋央紀)かな? 彼に関しては「ここでがんばれなければ、いつがんばるんだよ」って思いますよ。

――後藤選手に関しても期待感があるからこそのハッパというか。

天龍 後藤はプロレスに対して真正面からぶつかっている姿勢は感じますよ。でも、いまは「もがいてるな」っていう印象が強いですね。でも、プロレスっていうのは、もがいて悩まなきゃ、自分の殻は破れないものなんですよ。

――含蓄がありますね。後藤選手はCHAOS入りしてから今回が初の『G1』なので、インパクトを残したいところだと思います。

天龍 結局、与えられたポジションをただこなしていくだけじゃ、レスラーは成長しないんです。それじゃあ、ファンの心理まで読み取ることはできない。でも、もしもここで後藤が優勝して一皮剥けたら、新日本プロレスの風景が変わって、勢力争いがもっとフレッシュになると思うよ。そういう意味では後藤洋央紀のがんばりは新日本にとっても大事だと思うね。

――では、“愛弟子”の石井智宏選手についてはいかがでしょう?

天龍 石井はいま、目一杯がんばるだけがんばってるから、ファンも応援していると思うんだよね。ただ、ここからさらに大きく突き抜けるとなると、なかなか厳しいっちゅうか。そういう意味では、今回の『G1』では、ひとりでもふたりでも、大物を食って“金星”を上げるのが、彼がプロレス界で生き延びていくうえで重要だと思うよ。

――石井選手もここが正念場ということですね。天龍さんも『G1』には“外敵”として参戦されましたが、今回Aブロックにはプロレスリング・ノアから丸藤正道選手が参戦しています。

天龍 ウン。丸藤は初戦(札幌大会)でオカダ・カズチカに勝ったでしょ? それでもう十分なんじゃないの? あとは「病欠したい」と思っているはずだよ(ニヤリ)。

――そのくらい、あの “一勝”は価値があったということですよね。

天龍 いまの新日本に出る、『G1』に出るってことは、ファンの目をノアにも向けさせることが一番の目的なんだろうし、丸藤もそのためには「勝っても負けても、いい試合をしてやる」っていう割り切った考えを持って出ているんじゃないかと思いますよ。そこでしょっぱな、現在のIWGPチャンピオンを相手に最高の結果を出したわけだからね。

――そのオカダ選手は、天龍さんの引退試合の相手を務めただけに、身を持って強さはご存知だと思うんですけど、いかがですか?

天龍 ただ、正直に言えば悪い選手じゃないけど、特段「凄い」とも思わないんですよ。ただ、彼はファンや会社の期待を常に背負って立ち続けている。彼はそういうふうに見せないけど、きっと毎回苦しんでリングに上がっていると思うよ。あの高角度のドロップキックやレインメーカーを出すことで、そのストレスを消去しているというか。

――なるほど。

天龍 じゃないと、プレッシャーで押しつぶされるかもしれないしね。彼はとにかく勝ち上がること、勝ち続けることによって、自分のいろんなストレスを消去していっているんだと思うよ。

――団体のトップを長らく続けてきた天龍さんならではの分析ですね。では、Aブロックの本命、対抗、大穴をあげていただけますか?

天龍 Aブロックの本命は……後藤洋央紀だね!(キッパリ)。

――大きな期待をかけている後藤選手を推す、と。

天龍 で、対抗は天山かな。じゃないと小島も浮かばれないし、「オマエ、何しに来たの?」って話になりますからね。

――では、大穴は?

天龍 う〜ん……。丸藤かな(ニヤリ)。オカダに勝っただけで満足なのかそうじゃないのか。ただね、アイツはなかなか、“したたかな男”だと思いますよ。


[122] fun◆fLongoRY - 2016/08/14(Sun) 07:58 ID:K61CyBWw  [No.106117]

すでにAB両ブロックの結果も出ており、遅くなりましたが、天龍源一郎が『G1 CLIMAX 26』を辛口分析!!
“ミスター・プロレス”が選ぶBブロックの本命・対抗・大穴!そして“優勝”予想(インタビュー後編)です。(8月5日時点)
良かったらお読みください。


――今回は、前回に引き続いて『G1』Bブロックについておうかがいしたいと思います。まず、メンバーの中で、天龍さんがとくに気になる選手は?

天龍 個人的には永田裕志にがんばってほしいんですよ。彼はきっと、「こんなにがんばっても、ここまでなのか俺は!」っていうフラストレーションを感じていると思うんだよね。そこを突き破るには、勝ち抜けて結果を残すしかないんだから。

――やはり、天龍さんとしては“第三世代”の奮起を促したいわけですね。

天龍 永田にしろ、天山にしろ、まだまだ老け込む年じゃないよ。永田は今年、ベルト(NEVER無差別級王座)を獲って、少しはスポットライトを浴びたんだから、さらにアピールしないと。永田はね、勝ってこそ存在価値を示せる選手だから、いい試合じゃなく、勝ちにいかないと。

――とにかく永田選手は“勝ち”に徹したほうがいい、と。

天龍 ウン。それがこの業界で、永田裕志がさらに生き抜くための最後の手段だと思うよ。彼はプロレスというものを十分に理解している、さらに“勝ち方”を知っているレスラーですよ。どこか、会社のことを考えてなのか、達観している部分もあるけど、彼を若い頃から応援しているファンはおもしろくないだろうし、いまこそ“先輩風”を吹かせるときだと思うよ(ニヤリ)。

――では、今回の『G1』でファンからの期待も大きい、現NEVER無差別級王者の柴田選手についてはいかがでしょうか? 

天龍 彼はね、自己満足なレスラーっていう印象がありますね。どっちかというと勝ち負けは二の次で、自分の中で「ファンにはウソをついていない」という部分があれば、それだけでも満足する“職人気質”のレスラーというかね。常に自分と闘い続けていますよ。そういうタイプだね。

――相手よりもむしろ自分と勝負している部分が?

天龍 そうだね。ただ、彼もまだまだ若いし、どこに対しても尖っていますよ(ニヤリ)。

――あとは他団体から中嶋勝彦選手が『G1』初参戦しますが、こちらも天龍選手とは縁がある選手というか。

天龍 まあ、子どもの頃から知っている、生意気なアンちゃんだね。とくに最近、プロレスに慣れてきて、人からも注目されるようになって、もっと生意気になったかな?(笑)。彼は小さい身体でも大きなレスラーたちと切磋琢磨してきて、今回『G1』に参戦できたという部分では、ある種の達成感があるんじゃないかな? 

――たしかに中嶋選手本人も、今回の出場は青天の霹靂だったみたいですし。

天龍 きっと、今は『G1』のことで頭がいっぱいで先のことは何も考えていないと思うよ。まずは今回、どんなインパクトを残せるのか? 俺は白星をひとつでもふたつでも挙げられればOKだと思うし。偉そうに言わせてもらえれば、そこまでしかいかないよ。

――手厳しいですね。

天龍 いや、俺が厳しいんじゃないよ。そのくらい新日本という団体はしたたかなんだよ(ニヤリ)。

――実感がこもってますね(笑)。

――ほかの出場選手では、前IWGPヘビー級王者の内藤哲也選手も優勝戦線に絡んできそうですが、天龍さんはどう見ていますか?

天龍 彼はおもしろい選手だと思うよ。でも、内藤は観客が一番沸くには自分がどうすればいいか、その終着点までを考えちゃうたちというかね。つねに相手だけじゃなく、観客とキャッチボールしてプロレスをエンジョイするタイプだから、こういう連戦になると結果を求めるのは少し難しいかもしれない。試合の中で誰もが思いがけない動きを出したりして、楽しんでいるレスラーですよ。

――さすがの分析ですね。

天龍 でも、そういうことができるってのは、凄いことなんだけどね。彼が出てきたことで、新日本の景色が変わったのはたしかだし、それは本人が一番、自惚れながらも自覚していることだろうから。きっと、「新日本にいるいろんなレスラーに脚光が当たるようになったのは、自分が壁をブチ破ったからだ」っていう思いはあるんじゃないかな。

――あとは最近、天龍さんとはバラエティ番組でも接点のある本間選手が……

天龍 (さえぎるように)接点なんかないよ! アイツが勝手に俺のほうに寄ってきただけの話でさ(笑)。

――むしろ、いい迷惑というか(笑)。

天龍 まあ、本間もいろんな団体を行ったり来たりして、ようやく安住の地を見つけたという部分で、いま本当にプロレスを楽しんでいるようには見えますよ。ただし、自分のやりたい技を出すだけ出したら、「あとは野となれ山となれ」っていう感じを見せられちゃうと、昔から応援しているファンにしたら「それでいいの?」って白けるんだよね。

――もっと結果にもこだわってほしい、と。

天龍 俺も本間には「やりたいことやって、シャンシャンでいいのか?」って言いたいですよ。まあ、彼にとって「安住の地だ」と思う場所が見つかったのがよかったのかどうなのか。コレはね、あと2年で結果は出ますよ(ニヤリ)。

――A、B両方のブロックのお話を聞いていると、天龍さんはベテラン勢への期待が大きいようですね。

天龍 そこは“第三世代”が元気を見せることで、単純に新日本の時代が逆戻りするとかじゃなくて、団体に新たなエネルギーや活力を与えると思うんですよね。過去の新日本の『G1』の流れを見ると、“時代返り”みたいな場面もあったし、今回も「そうなる可能性もあるかもな」って思うよ。

――たしかに過去、藤波辰爾さん(93年優勝)や長州力さん(96年優勝)、そして05年に蝶野正洋さんが優勝されたときは、“時代返り”のムードがありましたね。

天龍 いま、永田や天山にはそういう部分でも、話題があるんだから、彼らにとっても会社にとってもいいチャンスかもしれないしね。

――ちなみに天龍さんは、今回の『G1』、8月8日(月)横浜文化体育館大会でサムライTVの解説を務められるそうで。

天龍 ウン。新日本はひさしぶりですね。前に一度だけ、天山と小島がダブルタイトルをやったときにお呼びがありましたけど。

――05年2月20日のIWGPヘビー&三冠ヘビーのダブルタイトルマッチですね。では、約11年半ぶりに放送席に座られる、と。

天龍 まあ、声がかかったときは正直、「めんどくせえな」とも思ったけど(ニヤリ)。まぁ、人数も目新しい選手も増えて、ひさびさに『G1』の景色を眼に焼き付けたいなという気持ちになりました。

――天龍さんにいまの新日本プロレス、いまの『G1』がどう映るのか、楽しみですね。

天龍 ちなみに当日はどんな試合があるんですか?

――公式戦はBブロックの真壁vs後藤、オカダvsファレ、棚橋vs天山、石井vsSANADA、丸藤vsトンガの5試合になります。

天龍 ほう、なるほどね。真壁vs後藤なんておもしろそうじゃない? いまの新日本を堪能させてもらいますよ、フフフ。

――では、最後にBブロックの本命、対抗、大穴をあげていただけますか?

天龍 そうだね。Bブロックの本命は期待を込めて永田。対抗は無難に内藤かな。大穴は、そうだなあ、コッチのほうがAブロックより予想が難しいね……(熟考して)。

――Bブロックのほうが予想しにくいですか。

天龍 まあ、柴田と言いたいところだけど、いかんせん職人気質なところが気になるから。じゃあ、試合は全然観たことがないけど、初出場のケニー・オメガにしようか。新日本の外国人選手は昔から(クラッシャー・バンバン・)ビガロとか、掘り出しモンが多いからね。

――天龍さんはAブロックは後藤選手、Bブロックは永田選手を本命とされましたが、ズバリ優勝するのは?

天龍 これは後藤でしょう! ここで優勝できないこと自体、彼にとっては自己否定につながりますから。もう一方の永田は決勝まで上がったことで満足してしまうのか? それともガムシャラに優勝を獲りにいくのか? まあ、いずれにしても自分は後藤の優勝に期待していますよ。

――天龍さんの一推しはやはり後藤選手でしたか。

天龍 やっぱり、選手がもがいている姿っていうのは、ファンの琴線に響くものがあるからね。『G1』っていう舞台は、そういった状況のレスラーが突き抜けるには絶好のチャンスですから。今年の『G1』は後藤洋央紀に注目したいね。



[123] fun◆fLongoRY - 2016/11/17(Thu) 08:00 ID:JZ1T7lI.  [No.106518]
昨年11月15日に引退した“ミスタープロレス”天龍源一郎が15日、都内のユナイテッド・シネマ豊洲でドキュメンタリー映画「LIVE FOR TODAY―天龍源一郎―」(来年2月4日全国公開)の舞台あいさつを行ったそうです。

 同作品は昨年2月の引退発表会見からオカダ・カズチカとの引退試合までの日々を「LOVE MY LIFE」(2006年)の川野浩司監督が密着して撮影。引退からちょうど1年のこの日、舞台に登場した天龍は「冥土の土産にいいものができた。あの世にいったら(ジャイアント)馬場さんとジャンボ鶴田に(映画になったことを)伝えたい」と話して笑いを誘った。

 感想を問われると「不覚にも自分のことなのに涙を流してしまうところがあった。年を取ったと思ったよ」としみじみ語りつつ「1人の人間の生きざまを見て、感じ取ってほしい」と来場を呼び掛けていたとの事。


[124] fun◆fLongoRY - 2017/01/22(Sun) 13:04 ID:VsTYND0.  [No.106820]
【プロレス大賞授賞式】ですが、天龍が「新星」登場を歓迎したそうです。

東スポ情報ですがミスタープロレス・天龍源一郎(66)が、マット界の新しい主役たちにゲキを飛ばした。

 昨年はオカダとの引退試合(2015年11月15日、両国)がベストバウトに選出され、主役として壇上に立った。この日は坂口征二新日本プロレス相談役(74)と席を並べ、来賓として受賞者を祝福。「ガラリと顔ぶれが一新されたね。最年長が丸藤(37歳)? いいことだよ。プロレス界も新陳代謝が進んでいる証明。若返りしないと相撲協会みたいになってしまうからな、フフフ…」と、独特の表現で初のMVPに輝いた内藤哲也(34)ら新星の登場を歓迎。

 さらには「一度に何万人も集めるのは難しい時代。それでも潜在的なプロレスファンは多い。選手がこれだけ新しくなっているんだから、団体側もチケットの値段を考え直すとかしてあげれば(プロレスブームは)もう一度来るんじゃないか」とも提言。

 引退試合の相手を務めてくれたオカダを「アマゾン川のデンキウナギ」と罵倒した毒舌も健在で「昔はたたずまいだけでプロレスラーだと感じさせたもんだが、今はルックスや言葉が先行しているね。そういう時代なんだろうが…」との苦言も忘れなかった。ミスタープロレスは、引退してもなお40年間疾走を続けたマット界に熱い視線を注いでいる…との事。


[125] fun◇fLongoRY - 2017/02/26(Sun) 05:36 ID:EkhsGo/c  [No.106957]
スポナビ情報ですが、2月に公開が始まった天龍源一郎さんのドキュメンタリー映画『LIVE FOR TODAY−天龍源一郎−』。引退を発表した日から、2015年11月15日の引退試合までの10カ月間を追った作品は、各所から称賛の声を得ているそうです。

 映画の公開にあたり、舞台あいさつで各地を回っている天龍さんに、今回の作品についての話を聞いた。


――映画の公開が始まり、舞台あいさつで各地を回ってお忙しくされているのではないですか?

 そうですね。なんか“仕事してる”っていう感じがします(笑)。

――映画は引退までの10カ月を追った作品でしたが、改めてプロレスラーの日常は「旅をして全国を回るものなのだ」ということを思わされました。

 地方へ行ってお客が入って、それで何がしかの糧を得るっていうのを職業、生業としていますから、旅に出るのが普通のような感じです。この10カ月はたまたまいい感じで、あちこちのコース取りができて、本当に沖縄から北海道まで回れましたから、全国網羅できたっていう感じでよかったですね。

 最近は旅がなくて興行も東京近辺ばっかりに集中していたから、昔はいろいろな旅があったなって懐かしい思いもありました。(天龍プロジェクトの)代表をやっている娘から聞いたんですけど、最近でこんなにたくさん詰めて試合をやったのは何年ぶりですって言っていました。

――279日、全22戦という連戦は大変だったのではないですか?

 大変っていうより、「もうこれで区切りがつく」っていう感慨深い気持ちの方が強かったですね。「ここで2度とプロレスができることはないんだな」っていう風に思って、1戦1戦が終わっていった感じです。僕はプロレスの前に相撲でも回ってましたから、「あぁ、誰々とここで戦ったな」とか「プロレスで来たな」っていう2つがダブルで来て、感慨深いものがありました。相撲とプロレスには本当にいろいろな体験をさせてもらいました。

――引退して時間ができて、試合で訪れた思い出の地へまた行ってみたいと思うことはないですか?

 いや、もう全然思わないですね。今は逆に時間が空いて、家にいてまったりしているのが贅沢だなと思います。前は朝早く起きて新幹線に乗らなきゃいけない、バスが待ってるとかずっと追われるような生活でしたから。それがなくなった分、自分の時間があるっていうのが贅沢な感じですね。寝たい時に寝て、起きて、お腹が空いたら食べたい時に食べる。そうやって家でまったりしているのが1番好きです。(ジャイアント)馬場さんも、どこかへ行くと「あ、馬場だ」と言われるから、それが嫌で家にいるとか、ホテルのロビーで葉巻を吸ってコーヒーを飲んでる時が1番好きだって言っていたんですけど、それがよく分かります。

――今回の映画化について、そもそもはどういった経緯で決まったのですか?

 僕はもう全然知らなくて、代表をやってる娘と周りで話が進んだのだと思います。ある時から急にカメラが入って回っていて、「何をしに来てるのかな?」って感じだったんですけど、「何なの?」って聞いたらドキュメンタリーを撮ると。まぁそれも記念にいいかなって思ったんですけど、あんまり長い間ずっと来るから、実は映画にするって言われて。最初は監督と距離感もあって、あんまりいつもカメラが控え室に入ってきてウザいなって抵抗があったんですけど、映画になるっていうし、監督が一生懸命撮ってくれているんだから、自分の全部をさらけ出してできる限りのことは協力しようと。それでだんだん距離が近くなっていったのが正直なところです。

――映画を作るにあたって、何か天龍さんからリクエストされたことはありますか?

 いえ、何もないです。日々の着飾っていない、全盛期を過ぎた天龍源一郎を撮ってくれればそれでいいっていう感じです。僕もやるだけやったところがあったと思うんですけど、最後の終焉に向かっていく――人間とはそういうものだろうっていう開き直りじゃないですけど、そういうものを見た人が感じてくれればいいという感じで、ほんとに何も飾るところはなかったですね。本当に川野(浩司)監督には感謝したいです。自分で言うのもおかしいけど、いいドキュメンタリーに仕上がったと思っています。

――天龍さんがプロレス、そして相撲から続いた格闘技人生を締めくくる姿が描かれていましたが、人が長く取り組んできた仕事を終えるにあたり、どのようにあるべきだと天龍さん自身は思われますか?

 僕はどんな仕事でもそうですけど、真っ正面からぶつかって躊躇しないで一歩踏み出して行けば意外と難しいことはなくて、何か顛末を得られるというのが結論です。だからみんな躊躇して、考えて後退するより、一歩踏み出して行った方が新しい自分を発見できるし、生きていく力というのは湧いてきますよね。

――まさにタイトルの「LIVE FOR TODAY(いまを生きる)」にも繋がるお話ですが、これは以前から言われていて、天龍さんの哲学やポリシーと言えるものではないですか?

 相撲の時は一戦一戦が勝負で、それこそ白黒によって次の人生が変わるというような感じですから、いまを一生懸命生きることによって明日は自ずと来るだろうっていう風に考えがだんだん変わっていったというのがあります。みなさんそうだと思うんですけど、余力を残して明日を迎えたいって思いますよね。でも、余力を残している時の自分を見た人は、「あいつは一生懸命やってないじゃないか」って評価になると思うから、だったらその日その日を一生懸命やっていけば、明日は自ずと来るということを理解してほしかったんです。相撲もプロレスもそうですよね。

 それは相撲でたまたま幕内の筆頭まで行った時、次の日に取りやすい相手と当たって、“これで明日勝って次は三役か”ってうぬぼれていた自分がいて、でもそれが裏目になって負けちゃって、その場所は成績が悪くて二度と三役に上がるチャンスはなかったんです。その時に、やっぱり“その時その時を一生懸命生きる”っていうことを感じました。チャンスなんていつでも来る、またこういうチャンスは来るって思うけど、その一瞬一瞬はその時しかない。その取り組みの時はうぬぼれていた自分がいたと思います。

――では「LIVE FOR TODAY」は戦うことを通じて得た、天龍さんの……

 そうですね、僕の人生訓です。でも“いまを生きる”って言うと、何か刹那的に、将来設計もしないで今日だけでっていう風に感じられるんだけど、本当に今日を一生懸命に生きたら、その姿を見て、“ああ、こいつ一生懸命やってるな”って思ってピックアップしてくれる人がいると思います。だからこれは僕の確信的な言葉で、今まで67年生きてきた結論です。

――引退までの10カ月もそうですが、キャリアを振り返ってみても天龍さんほど多くの選手、トップレスラーと戦った人はいなかったのではと思います。

 これはたぶん性格のなせることだと思うんですけど、同じことをやっていると飽きちゃうんです。同じことをやっていると「こんなはずじゃないだろう」って思って、何か違うことに興味を示しちゃうっていうのがあって。その裏には13から入って26までいた相撲を辞めてプロレスの社会に飛び込んだんだから、どっちみち入ったならすべてのことを体験してやろうっていう気持ちがあったんだと思います。

 極端な言い方をすれば、プロレスへ転向する時、いろいろなバッシングを浴びて入ったから、いろいろなことを体験していろいろなことをみなさんに提供して、「これでどうだ」っていう一種の開き直りです。どのみち天龍源一郎を見てもらうんだったら、「こいつ面白い奴だな」って思われることをやった方がいい、そう考えたんだと思います。僕が入った時はちょうど「プロレスなんて八百長でいい加減なことをやってるんだよ」ってよくそういうバッシングをされた時代ですけど、それにも立ち向かって、「じゃあ見てみろよ、お前らやってみろよ」とかって気持ちと相まって、やれるだけのことやったっていうことじゃないですかね。

――ナレーションを務めた染谷将太さんとは公開初日の舞台あいさつで初めてお会いになったそうですが、何かお話はされましたか?

 あの人が本当に小っちゃい頃からプロレスを見てたなんて聞いてビックリしました。そうやって潜在的にプロレスを好きな人がいるんだから、その人たちにカッコ悪い思いをさせてはいけないっていうのを改めて感じました。レスラーの人たちも、そういう隠れプロレスファンっているんだから、そのファンの人たちが恥ずかしくないって思うようなことを、別にファンの人に「誰々が好き」って声を出して言ってもらわなくてもいいけど、少なくとも応援してくれている人が「俺はこの人を応援している」って思える、胸いっぱいの気持ちでリングに上がってくれと。それをその人に対してでもいいからリングで表現してくれとは思います。

――映画の中でも若手のレスラーにプロレスで飯が食えるようになってほしい、胸を張ってほしいというように言われるところがありました。

 それは思います。みんな自分で目一杯やってると思えば恥ずかしいこともないし、さっきの話じゃないけど、とやかく言われるんだったら「じゃあ、あんたリングに上がってやってみなよ」って言うところまで極めろよって言いたいです。

――手を抜かず目いっぱい、一生懸命やるというのも「LIVE FOR TODAY」と並び天龍さんのモットーと言えそうですね。

 僕はほんと相撲で中途半端な感じで終わっちゃったっていうのもありましたし、それと同時に若貴(若乃花・貴乃花)のお父さん(貴ノ花)が僕と同い年なんです。それが彼が入ってきた時に彼が相撲一途にガーっと打ち込んでいるのを見て、“バカみたいに相撲に打ち込んで”ってちょっと冷めた自分がいたんです。でも結果的に彼は大関まで行って、それを思った時、やっぱり一生懸命に打ち込んでおけばよかったなっていう後悔もありました。だからそれを振り返ってプロレスへ入った時、一生懸命やろうって思う僕もいたんです。なので、みなさんには俺と同じ失敗はするなよって言いたいですね。

――作品をご覧になる方へ最後にメッセージをお願いします。

 川野監督がよいところをピックアップして切り貼りして、染谷さんが上手いことナレーションを入れてくれて、本当によい作品に仕上がったと思います。みなさん、観て頂ければ必ず何かを感じてもらえると思います。僕はもう満足です。冥土の土産にいいものができたと思っています。



[126] fun◆fLongoRY - 2017/03/16(Thu) 17:12 ID:MTd79KXo  [No.107016]
遅くなりましたが、天龍さんが、代表の綾奈さんと各地に舞台挨拶してくれてますが、3月12日に映画でも感動した後に札幌のユナイテッドシネマに舞台挨拶、HMVステラプレイスにトークイベントに来てくれました。
友人と一緒に行ってきましたが、グッズ購入の特典の形で、撮影会&サイン会も行っていただき嬉しかったです。


ありがとうございました。


[127] fun◇fLongoRY - 2017/06/04(Sun) 21:54 ID:  [No.107321]
天龍源一郎(67)が、1987年に全日本プロレスに革命を起こし、プロレス界全体へ波及させたムーブメント“天龍革命”からちょうど30周年となる4日、東京・千代田区のUDX秋葉原で「Revolution30th記念 レボフェス」が開催され、定員の300人が集まったそうです。

スポーツ報知からですが、天龍本人はもちろん、革命を支えた兄弟子のザ・グレート・カブキ(68)、弟子の北原光騎(53)、“日本一の天龍番記者”小佐野景浩氏(元週刊ゴング編集長)らがトークショーを繰り広げられ、展示ブースには、歴代ガウンや歴代レボリューションジャケット、戦利品の記念トロフィーや激闘パネルが飾られ、入場曲「サンダーストーム」の変遷も紹介された。

 天龍クイズ王決定戦では、小佐野氏が出題するマニアックな問題にファンもうなった。天龍夫人の嶋田まき代さんが当然のように次々にクリアしたり、小佐野氏と一緒に司会していた天龍の長女で天龍プロジェクト代表の嶋田紋奈さんが誰も答えられなかった難問を正答するなどアットホームなイベントとなった。クイズの最終問題は「天龍の座右の銘は?」で、正解はこの日発売が発表されたBlu−ray&DVDのタイトル「LIVE FOR TODAY」(引退からちょうど2年の11月15日発売)というオチも。

 亡くなった盟友の阿修羅原さんや、ライバルのジャンボ鶴田さんの秘話をカブキらが紹介。「(革命は)ジャイアント馬場さんにつぶされるから難しいと思っていたが、お客さんが支持してくれた」とカブキが証言。最近は滑舌の悪さを自らネタにしている天龍も、この盛況ぶりに「引退してからファンのみなさんと会う機会がなかったからね。ありがたいね」と歯切れ良く話した。「最初で最後のフェス」という触れ込みだったが、革命の嵐はまだ収まりそうにない雰囲気だったとの事。


[128] fun◇YtKXN/LQ - 2019/03/22(Fri) 21:20 ID:5pOefa3w  [No.109405]
日刊からの情報ですが、天龍源一郎(69)と越中詩郎(60)のプロレス界のレジェンド2人が21日、都内でトークイベントを行ったそうです。

全日本プロレス時代の苦労話、後に天龍が加わった平成維新軍での海外合宿など2人のプロレス人生の思い出話だけでなく、縁深いレスラーの話題にも及んだ。故ジャイアント馬場さんについて、天龍は「おれに言わせると馬場さんは悪い人じゃないですよ。いい人じゃないけど」と笑わせた。馬場さんの付け人だった越中は、富山の巡業中にホテルで偶然会ったサザンオールスターズの桑田佳祐があいさつに訪れたエピソードを披露。「向こうは直立不動で『馬場さん、お疲れさまです!』と言って、馬場さんは座って葉巻をくわえながら『あぁ、そう』って。で、桑田さんが帰った後に、『あれ、ゴダイゴか』と。僕はゴダイゴ知ってるのかと思った」と笑いながら、懐かしんだとの事。

現役引退を発表した獣神サンダー・ライガーについては、かつて新日本で「ドラゴンボンバーズ」を結成していた越中は「海外遠征に行く直前も、道場で2、3時間練習していたことがあって、これはすごいな、と。自分のそれに負けちゃいけないと思っていました」とジュニアの後輩をたたえたそうです。

ファンからの質問にも応じ、つらい時に気持ちを奮い立たせるためのアドバイスを、との問いに2人はそれぞれ熱い答えを返した。天龍は「こんなところでへこたれてたまるか、と思えば足が1歩前に出ます。もういいと思えば、立ち止まる。立ち止まるというのは、後退すること。なにくそこのやろーと思えば、足が1ミリでも前に出る」と熱弁。越中は「僕は何回も(プロレスを)やめようと思ったし、地方にたくさん行く中で、鉄道を見る度に『これに乗って東京に帰ったら楽だなぁ』って、何十回、何百回も思った。でもその度に、好きな道で生きているんだから幸せなんだ、と自分に言い聞かせた。自分を信じること。いいことばかりじゃないからね。辛抱する、というのが大事」と万事を受け入れる大切さを語ったとの事。





[129] fun◇YtKXN/LQ - 2019/06/10(Mon) 21:16 ID:CnWaBuvM  [No.109618]
“ミスタープロレス”天龍源一郎(69)と“デンジャラスK”川田利明(55)が8日、都内でトークバトルを展開したそうです。

 全日本プロレス所属時、天龍同盟で行動を共にした2人が会うのは4〜5年ぶりだというが、息はピッタリ。大盛り上がりの90分間だったとの事。

 試合以外の思い出として、川田は酒を飲まされすぎて救急車を自分で呼んだ話、地方巡業中に高速道路のPAに置いていかれ、ヒッチハイクと電車の乗り継ぎで会場に到着した話などで観客を笑わせた。

 SWSに移籍した天龍と同時期にコスチュームを黄色と黒の“天龍カラー”に変更した理由については「当時(栄養ドリンクの)リゲインがはやっていて。勇気の印です」と冗談で答えた。

 また、自身が長期欠場した経験から、けがや病気に苦しんでいる人に向けて天龍が「今日で人生が終わりじゃない。今があるから明日がある。へこたれずに強い信念で」とエールを送れば、川田も「時間が解決してくれることもある。少しでも良くなるように思う気持ちがあった方がいい」とアドバイスした。

 イベント終了後、天龍は「(川田が)現役時をほうふつさせる顔を見せて懐かしかった」と振り返り、川田は「全然、時間が足りない。またやりたい」と物足りない様子。主催した天龍プロジェクトの嶋田紋奈代表(35)は「激しい戦いを繰り広げ、時代を築いてきたプロレスラーの違った良さを引き出せたら」と企画の意図を語った。

 今後は、天龍と今月引退する長州力(67)のトークバトルが7月21日に予定されているそうです。


[130] fun◇YtKXN/LQ - 2020/02/05(Wed) 02:50 ID:  [No.110197]
東スポ情報ですが、ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)の「古希を祝う会」(2日)は約200人が出席し、盛大に行われた。プロレス界からは新日プロの坂口征二相談役(77)、鉄人・小橋建太(52)、大日本プロレスのグレート小鹿会長(77)、神取忍(55)、角界から八角理事長(56=元横綱北勝海)や元横綱の北の富士勝昭氏(77)のほか、旧知の仲である落語家の三遊亭円楽(69)や徳光和夫アナウンサー(78)、東京スポーツ新聞社・酒井修代表取締役社長らが祝福に駆けつけ、冒頭で華々しく鏡開きを行ったそうです。

 またビデオレターでは2015年11月に引退試合の相手を務めたオカダ・カズチカらが祝福のメッセージを寄せ、「引退から5年…2020年11月15日、何かが起きる?」との意味深な言葉がスクリーンに映った。最後はまき代夫人(63)が花束を贈呈し、愛娘の嶋田紋奈・天龍プロジェクト代表(36)が涙ながらに手紙を読み上げた。天龍は「感無量です。これで70歳ではなく、さあこれからが70歳という気持ちです」と語り、全身に気合をみなぎらせたとの事。


[131] fun◇YtKXN/LQ - 2020/02/09(Sun) 22:09 ID:  [No.110208]
東スポ情報ですが、アントニオ猪木氏(76)が8日、都内で行われた天龍プロジェクトのトークイベントに登場し、天龍源一郎(70)と対談したそうです。

 13回目となるトークイベントに“燃える闘魂”が初登場。2人は1994年1月4日の新日本プロレス・東京ドーム大会で一騎打ちをして、天龍氏が勝利を収めている。イベント冒頭、猪木氏は「元気ですかー!」とおなじみのあいさつをすると「さっき資料を見ながら話し方のモノマネを練習したんだけど、なかなかできなくてね」と声マネを披露。まさかの奇襲攻撃で、26年ぶりのバトルとなった天龍に先制パンチを食らわせた…。

 一方、天龍は当時の猪木氏について触れて「あのころのレスラーはみんな、何かしらの形で猪木さんのマネをしていましたよ。それは事実です。世間と一番、戦っていたプロレスラーは猪木さんでしたから。世間に対して声を大にしていた。僕はすごく感謝していました」と振り返った。

 その後も2人は様々な思い出話に花を咲かせ、最後は「1、2、3、ダー!」の大合唱で会場を大いに盛り上げたとの事。


[132] fun◇YtKXN/LQ - 2020/02/09(Sun) 22:10 ID:  [No.110209]
連続投稿失礼します。

50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えて、カムバックを果たした天龍源一郎さん。2月2日に迎えた70歳という節目の年に、いま天龍さんが伝えたいこととは? 今回は「死に際」をテーマに、飄々と明るく、つれづれに語ります。

2月2日に70歳の誕生日を無事に迎えたばかりなのに、「死に際」の話だって?(笑)70歳にもなると先に逝かれた方はたくさんいて、馬場さんが亡くなったときもびっくりしたけど。亡くなった人たちの中で、ジャンボが一番戦ってきた仲間だったから、あいつが亡くなった時はやっぱり一番驚いたよね。彼は自分の人生設計を見据えて、ずっと段取り良くいろんなことをやっていたのに……。本当にあれこそ志半ばで終わってしまった。

 亡くなった方の子どもを見ると、早くに亡くなってしまった分あのときのお父さんがどんなだったか知らないんだよなと思うことがあるんだよね。「良かったら、俺が酒でも飲みながら話してやろうか?」って思う。たまたま試合を見に来たジャンボの息子に、自分の子どもみたいな感じで「元気かぁー!」なんて声かけてね。生きている時は忙しくて子どもも幼かったから、腹いっぱい、家族と付き合えなかった人もいるんじゃないかなって思うことがある。

 俺はね、家族に言っているんだよ。「明日俺が起きてこなくても、盛大にワァーっと送り出してくれ」って。それはいつも本気で向き合える家族が見つかったから、満足して毎日を送っているからこそ言えるようになったんだけどね。レスラーでも試合終わって家に帰ってきて次の日の朝起きてこなかった話をちょこちょこ聞く。激しい運動をして「疲れた」って言って、次の朝、心停止して起きてこなかったってことはある。いつ、そういうことが自分の身に降りかかるかわからないと思っていた。だから、いつ死んでも「盛大に送り出せ」って家族には言ってきたんだ。ただ、葬式に呼んでほしくない人のリストはもう作ってあるよ(笑)。「こいつは絶対呼ぶなよ!」っていうリストを家族に託しているのと、盛大に送り出してくれよっていうことだけは伝言しているんだ。ある意味、究極の終活だよ。

自分の過ごしてきた人生で胸張って言えることじゃないけど、好き勝手なことやってきた。アメリカのプロレス修行もいろいろなところに行かせてもらって。俺は70歳だけど、たとえば80歳でこの世を去った人を見ると、俺もあと「だいたいこれくらいかな」とは思う。でも「悔いのないように生きよう」って思ったりするわけじゃなくてね。なんて言うのかなこのまま自分の好きなように生きていければいいな、煩わしいことがなければいいなって思うよね。生きていればいつかは必ず死ぬから、煩わしいことがないように穏やかに生きよう。それだけ気にしていれば十分だなって。昔は、どうしたいこうしたいだとかあったけど、70歳まで来ると削がれてくるよ。あの世に行くときは真っ白な気持ちになるんだろうなって想像できる。
 
 それくらいで、あとはこだわりがないんだな。本当に、今日を楽しくっていうとおかしいけど、今日一日無事に過ぎて、明日がきたら明日だなって。そんな感じだね。いままでプロレスのシリーズがあったりだとか、相撲でも年間6場所あったりで、ずっと勝負の世界に縛られていた。こだわりがなくなったというより、縛られたくないっていうのはあるよね。

 俺がいつも至福に思うのは、雨が降った日に「あぁ雨か、じゃあ仕方ない家にいよう」って家にいられる自分が優雅だって思うよ。世の中の人は嫌でも会社に行かなきゃいけないし、雨どころか電車が止まっても行かなきゃならないときもあるだろうし。俺は気楽な商売だなって、自分で自分を褒めているよ(笑)。

 ここまでずっと気張っていた、そういう気持ちはずっとあるよね。よく女房に言われたのは、「ずっとあんたは“天龍源一郎”で疲れる」って。本名の嶋田源一郎でなく、天龍源一郎でいた自分がいるのは、それはよくわかっていた。だけど、女房からはそれが疲れるって。最近は、女房も“天龍源一郎”の衣を脱いで喜んでいるらしいけどね。そんな家族には、本当に支えられていると思う。特に娘が大きくなってからは、仕事のことでも「こう思っているんだけど、どう思う?」って家族に相談すると、間違った答えは絶対に返ってこない。老いては子に従えだな。

死に際って言えば、俺は小脳梗塞になったけど、入院したときは24時間点滴打ってたな。点滴を打っているとちょっと元気になってさ、トイレが見えている場所にあるから起き上がってトイレに行こうとすると、看護師さんに「なにやってんですか!トイレに行くときは看護師たちに言ってください!」って怒られてさ。そんな距離も行けない、自由にしてはいけないって、拘束されている自分っていうのはすごく情けなく思ったよね。

 病気したことで、平常であることの日々が愛おしいっていうとオーバーだけど、それくらいの気持ちになったんだよね。普通と思っていることとか、当たり前に思っていることが愛おしい。毎日、無事に終わって、寝るときに「あぁ今日も一日無事に終わったな」って、そんな感じだけなんだよ。だって、入院しているときは寝返りもできないし、点滴を打っているから何をやるにしてもひっかかるものがあるしさ。なんていうの、今は気楽といえば気楽だし、自由ということは凄いことだよ。

 自由っていいなと思う一方で、若いときは、相撲の厳しさのしがらみの中にいる自分も好きだったね。それは、自分の若さが、しがらみとかすべてを消化していたんだと思う。しがらみとかをなんとも思わないエネルギーがあった。すべてを気にもしなかったんだと思うな。それがさ、点滴打たれているだけで、鬱陶しくて鬱陶しくてしょうがない(笑)。自由がきかない自分に、どうしようもなくなる、これが歳を取ったていうものかなって思うよね。

 今はもう、全てのことに有難いとか、いろいろなことで俺は恩恵を受けているとか、ってそういうふうに考え方が変わったよね。「ありがとう」が自然と口に出せるようになった。昔は人の気持ちが分からないヤツだったよ。若いときは、自分が黒って言ったら黒だ!ってさせている自分に酔っていた。そういうツッパッている自分にね。

「ありがとう」って言っていい人になると早く死ぬんじゃないか?って女房には思われているよ(笑)。テレビで見ていた俳優さん、たとえば梅宮辰夫さんとかが亡くなると、自分の死に際ってどんなんだろうという気持ちと、静かに人生を全うしていける自分でいたいなって気構えみたいなものもあるよな。そういう俺でいたいっていうのも芽生えてるよね。若いヤツは啖呵きって「いつでも俺を殺してくれ!」なんて言うじゃない。俺たちそんなこと間違っても言わないからね(笑)。もうすぐ終わるからちょっと待っててって。自分で自分の人生を全うするのが運命かなって気持ちなんだよね。

 あっちの世のほうが仲間は多くなったからね。まぁ俺が向こうに行ってジャンボと馬場さんと再会したら、みんな先に逝っている先輩だからね。ま〜た縦社会で「おまえ、俺の悪口言っていたな!」なんて、言い合ったりして。馬場さんにもきっと叱られるな(笑)。



[133] fun◇YtKXN/LQ - 2020/02/20(Thu) 06:40 ID:4gDyJwtc  [No.110235]
東スポ情報ですが、ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がマット界のレジェンドと語り合う「龍魂激論」は、ついに“燃える闘魂”アントニオ猪木氏(76)が登場。新日本プロレスの1994年1月4日東京ドーム大会以来約26年ぶりに“激闘”を繰り広げたそうです。
猪木氏の永遠のライバルで天龍の師匠でもある故ジャイアント馬場さんから、現在のマット界で大きな話題となったあの男の問題発言まで、“歴史的再戦”の詳細を前後編にわたり一挙公開…。
その前編です。

 ――お二人には馬場さんという共通項がある 

 猪木:優しかったですよ。5歳違うし、俺は17歳で入門して、きょうだいも多かったから兄貴のような感じで。でも今でも一番嫌なのは、年に1回は必ず馬場さんに間違えられること。今年も東北の神社でおみくじを引いて「大吉」が出たんだけど(近くにいた)おばあちゃんが「あっ、馬場さんだ」って。あれは参ったなあ(笑い)。

 天龍:何だかんだ言っても、当時の全日本プロレスの選手は、みんな猪木さんのまねをしていましたよ。僕も延髄斬りや卍固めを使わせていただいた。当時世間を相手に戦っているレスラーは猪木さんしかいなかったんですよ。馬場さんは(1970年代に)猪木さんが声を大にしてプロレスの存在を主張してくれたことに対しては、深く感謝していたと思います。

 猪木:(90年代末期に)最後にホテルオークラで会った時に「お前は好きに生きられていいよなあ」と言われたのを覚えている。当時はその日その時を生きるのが精一杯だったんですけどね。

 ――猪木さんは力道山にブラジルでスカウトされ、天龍さんは力道山がいた二所ノ関部屋に入門

 猪木:おやじ(力道山)が亡くなる直前(63年)だったかな。付け人をやっていたので自宅に呼ばれたら、当時の高砂親方(元横綱前田山)がいらっしゃった。当時では一番の高級酒・ジョニ黒を何杯も一気させられてね。親方が「こいつ、いい顔してるね」と褒めてくれたら、おやじがうれしそうに「そうだろう、そうだろう」と笑ってくれたんですよ。付け人していても毎日殴られてばかり。「頑張れ」なんて言ってくれるわけがないし「お前なんてブラジルへ帰れ」と罵倒されてましたから、笑顔を見せてくれたのが本当にうれしくて。あの瞬間があったから、ここまでこれたんじゃないかな。

 天龍:それはいいお話です。

 猪木:後日聞かされたけど、その時に「一度相撲部屋に預けよう」という話になっていたらしいんだ。

 天龍:僕は63年入門ですから、本当に猪木さんが相撲に入られていたら同期だったわけですね…。でも猪木さんの身長(190センチ)と広い肩幅、関節の柔らかさを考えたら、ものすごい関取になられていたと思いますよ。千代の富士(元横綱)をひと回り大きくしたような筋肉質のかっこいい力士ですね。引き込みの力で相手をガーッとねじ伏せたでしょうね。

 ――新日本プロレスのオカダ・カズチカ(32)が「今一番気になっている人」として猪木さんの名前を挙げた

 猪木:名前を出されても具体的なものを提示されなければ答えようがない。マイクパフォーマンスはプロレスにとって大事なことだけど、もう俺は全然違うレベルにいるし、プロレスには興味がないんですよ。

 天龍:確かにあの発言は驚きました。

 猪木:どんな世界でも、1人スターが出るといっぺんに変わっちゃいますからね。(オカダには)そういう存在になってほしいなという気持ちはありますよ。時代なんて逆戻りできないから一瞬一瞬が勝負なんだよと。

 天龍:オカダは僕の引退試合(2015年11月15日両国国技館)の相手を務めてくれたんですよ。あくまで想像ですけど「棚橋(弘至)は新日本の低迷期を支えてくれた。ならば今のオカダ・カズチカは何をしているのか」というファンからの問いかけに対するアンサーのつもりだったんじゃないですかね。「今の俺は、アントニオ猪木という存在を超えようとしているんだ」というメッセージのつもりだったと思いますよ。水面下でどうこうするとか、生ぐさい部分は全然ないと思う。そういう駆け引きをする男ではない。プロレスラーの生きざまを貫くための決意表明として、猪木さんの名前を出したと思います。

 猪木:正直プロレスの話はあんまり好きじゃない。引退した時(98年4月4日)に身を引いたので。昨年は女房(田鶴子夫人)に先立たれ、俺自身も体がボロボロだった。でも、墓場に入るまで戦い続けることが人生なのかなと思えてきた。まあ、3月にはでかい発表をしますよ。

 ――久しぶりに猪木さんの前向きな言葉を聞きました

 猪木:だけど選手の(引退後の)保障制度だけはしっかりつくり上げておけばよかったなと思う。あとは頼みますよ、ムフフッ。

 天龍:分かりました。僕らの世代で(制度の確立は)引き受けます。(続く)


[134] fun◇YtKXN/LQ - 2020/02/21(Fri) 11:58 ID:vi1J.5sM  [No.110239]
 東スポ情報ですが、ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がマット界のレジェンドと語り合う「龍魂激論」では、“燃える闘魂”アントニオ猪木氏(76)との約26年ぶりの“再戦”が実現。故ジャイアント馬場さんや新日本プロレスのオカダ・カズチカについて激論を交わした前編に続き、後編では日本プロレス時代の秘話、そして伝説の一騎打ち(1994年1月4日、東京ドーム)の舞台裏が明かされた。

 ――前編では猪木さんが大相撲に入っていたら元横綱千代の富士クラスの大力士になっていたはずという天龍さんの言葉がありました

 猪木:入門した当時は、相撲から転向してきた人がほとんどでしたからね。師匠の力道山はもちろん、芳の里さん、林(牛之助)、上田(馬之助)…。大熊(元司)もそうだったかなあ。

 天龍:大熊さんは全日本プロレスでも一緒でしたよ。伊勢ヶ浜部屋ですね。

 猪木:相撲といえばこの前、横綱の白鵬と話したら「戦っていると、もう一人の自分が上から見ているんだ」という話になった。彼も「そういうことはありますね」と同じことを言ってました。そんな状況で、上から別の自分が何万人のお客さんを「ワーッ」と沸かせているのを見るのは快感でしたね。

 天龍:前からお聞きしたかったんですが、当時の日本プロレスの道場では誰が一番強かったんですか。 

 猪木:入門した時は大木(金太郎)さんが一番年上で強かった。でも半年たったら、こっちも強くなってスパーリングでも決められなくなった。馬場さんとはちょっとやったことがあるのかな。(209センチ、135キロの)あの体でスクワットを1000回こなすんだから、グラウンドの練習で上になられると体がふわっと振らされてしまってね。今日は悪口は言いませんよ、ムフフッ。

 天龍:フフフ…。

 猪木:あと鹿児島で力道山が大荒れした時、相撲出身じゃないけどマンモス鈴木さん(198センチ、120キロ)が「すいません! わしが悪いんです!」と場を収めようとした。頭を下げるたびに力道山が「バカヤロー!」ってビール瓶で頭を殴るんです。その後は「すいません!」「バカヤロー!」の連続で、割れたビール瓶が7本ですよ。翌日に額を見たらちょっとした傷があるだけ。あの人は化け物だったなあ。

 天龍:今の相撲界なら大問題ですよね。

 猪木:あんなの当たり前でしたけどね。

 ――1994年1月4日東京ドームでのシングルで、天龍さんは日本人で唯一「BI砲に勝った男」となった。当時の猪木さんは参議院議員で多忙を極めていたはず

 猪木:実は師匠の力道山が、引退したら参院選に出馬しようとしていたのを知っていたんですよ。だからいつもどこかにそういう気持ちはあった。俺は議員になってからは年間数試合になってしまったけど、毎日必ず5キロ、10キロは走ってコンディションはつくっていました。あとは時間があるとカール・ゴッチさんに教えられた縄跳び、ゴム板、トランプ(めくった数字でトレーニングのセット回数を決める)で体はつくっていた。

 天龍:すごいですね。激務が続いているはずなのに、ビシッと体を仕上げてこられて驚いたのを覚えてます。オリジナルの卍固めは手足が長いこともあって、密着するようにピタッとフックが決まっていた。

 猪木:持って生まれた手首足首の柔らかさですかね。

 天龍:スリーパーがくるのは分かってたけど、落ちて(失神して)しまったのは全然自分では分からなかった。リング下で長州力に顔面を張られて「起きろ!」とリングに押し込まれ「あっ、俺落ちたのか」と気がついた。落とされた瞬間、指が脱臼して逆に曲がった。「あっ」と焦って自分で関節を戻した。二度とやりたくないというのが本音ですね。

 猪木:プロとは個性で稼ぐもの。その点、天龍というプロレスラーはしっかりキャラクターを確立していましたね。

 天龍:89年2月ですかね。ロサンゼルスのレストランで会食させていただいたことを覚えています。佐藤昭雄(当時全日本)の仲介でしたかね。初めて食事するのに猪木さんは「レスラーたる者は…」とかスケールの大きな話をしてくださって、びっくりしました。今日はあの時を思い出してとても感慨深いです。

 猪木:一日一回、大きなことで笑わないと、だんだん声も元気がなくなる。最近は声も出していないし恋もしていない(笑い)。でも3月には世界に向けて「バカヤロー!」と大勝負を仕掛けますから期待してください。年を取っても夢とロマンは追い続けますよ。

 天龍:期待しております。本日はありがとうございました。


[135] fun◇YtKXN/LQ - 2020/03/07(Sat) 23:48 ID:  [No.110285]
東スポからですが、ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がマット界のレジェンドと語り合う人気対談「龍魂激論」、今回は来年にデビュー50周年を控える“炎の飛龍”ことドラディションの藤波辰爾(66)が登場。1970年に日本プロレスに入門した藤波は、ジャイアント馬場、アントニオ猪木の「BI砲」全盛期を間近で見てきた数少ない存在。対談の前編では今だから明かせる両巨頭の秘話から、あの歴史的瞬間まで語り尽くしました。


 天龍:今、握手してやっぱり現役のレスラーだなあと思いましたね。力強い。俺なんか最近は食器しか洗ってないから。

 藤波:いやいや、食器は僕も洗ってますよ。

 天龍:しかし体が厚い。昨年は何試合ですか。

 藤波:約30試合。コンディションを考えたら、ちょうどいい。試合がなくなったらダメ。お客さんに見ていただく体をつくらなければという信念を貫けば、練習は欠かさなくなりますから。

 天龍:いやあ、素晴らしいねえ。ダラ〜ンとした体をさらし続けている渕正信(66=全日本プロレス)に聞かせたいよ。「リングに上がる限りは」という信念は新日本プロレスの美学ですね。俺が(アントニオ)猪木さんに勝った時(1994年1月4日東京ドーム)はもう下り坂だったけど、ビシッとコンディションを整えていた。サポーターもテーピングもしていなかった。

 藤波:そうなんですよ。その5年前に僕が60分時間切れで引き分けた(88年8月8日横浜文化体育館)時も、45歳なのに1時間動き続けた。内容も濃かった。驚いたなあ。当時猪木さんはスポット参戦で、翌年には参院選に当選しましたから。誰も見ていないところで仕上げてたんでしょう。

 天龍:あの試合は見ました。藤波さんはもちろん、60分戦い抜く猪木さんのコンディションと試合内容には驚いた。

 藤波:横浜文体は9月に閉館するんだよね。

 天龍:俺も全日本最後の試合が横浜文体だった(90年4月19日のジャンボ鶴田戦)。やっぱり藤波さんとは因縁を感じますね。甲子園の土みたいに、がれきを拾いに行きますか(笑い)。

 藤波:いや、本当に横浜文体は僕らレスラーにとって聖地でした。

 ――お二人には天龍革命と飛龍革命という共通点がある

 天龍:(米ニューヨークの)マジソンスクエア・ガーデンで(WWWFジュニアヘビー級)チャンピオンになって凱旋帰国したり、ジュニアからヘビーに転向したり、すごい選手だと感心していた。70年代後半から猪木さん、坂口(征二)さんと3本柱で全盛期を引っ張っていた印象ですよね。前から聞きたかったんですが、飛龍革命宣言(1988年4月22日の新日本プロレス沖縄大会後の控室で、藤波が猪木に現状の改革を訴えたことからスタート。チャンスがないことに不満を持った藤波は「何年これが続くんですか?」と問い詰め、猪木も「だったらぶち破れよ。遠慮なんかするな」と応戦。藤波が師匠の頬を張り返したシーンは、歴史的な名場面として語り継がれている。さらに決意を示すために藤波は、ハサミで自らの前髪を切った。なお、藤波の言葉が聞き取りづらかったため、お笑い芸人がネタにすることも)の真意は何だったんですか?

 藤波:あの時、控室で猪木さんに向かっていった時、救急箱を蹴飛ばしちゃって。偶然にハサミが出てきたから思わず手に取ったんですよ。猪木さん、刺されると思って「おい、やめろ」って。その後、僕が自分の髪を切ったら、刺すのを制止しようとした坂口さんがガクッと肩を落としていました(笑い)。でもあの行動がなかったら横浜文体の試合は実現しなかったでしょうね。

 天龍:当時の全日本でそんなこと言ったら馬場さんに「嫌なら辞めていいよ」と言われて終わりですよ。聞いてみないと分からないもんだなあ。

 ――藤波選手はそのジャイアント馬場さんとも接点がある

 藤波:日本プロレスに入った時(70年)は2人の全盛期ですから。温厚な方だった。僕は猪木さんの付け人。馬場さんの付け人は同期の先輩が務めていたので、旅館の風呂場で背中を流してじっくり馬場さんの体を目に焼きつけました。とにかくでかかった。「猪木の付け人か。頑張れよ」って声をかけてもらったくらいかなあ。

 天龍:その後、道を別にしたけれど、やっぱり馬場さんと猪木さんは当時から心の奥深くでつながっていたという感は強いですよね。

 藤波:猪木さんは常に馬場さんを立てて一目置いていた。力道山先生は年功序列というか、2人の立場をよく考えていたと思います。馬場さんのあの大きさはまさにプロレスの象徴だった。それを外敵から守り、サポートする猪木さんという構図かな。お互い団体を旗揚げしてからは、近づきすぎるとプロレス界が「なあなあ」になるからと考えて、あえて距離を置いてたんでしょう。

 天龍:選手たちはお互いに負けちゃいけないとバチバチだった。(東京スポーツ新聞社制定)プロレス大賞授賞式でも壇上の右と左に分かれて。

 藤波:日プロ時代の先輩にあいさつする程度。口をきいちゃいけないという緊張感が張り詰めていた。今からは想像もできないけどね。

 天龍:SWS(90年5月設立、92年6月活動停止)ができてから2人の考えが変わってきたんじゃないか。プロレス界を守ろうという意識かな。

 ――長州力という存在も2人には欠かせない

 藤波:僕はずいぶん前から天龍、長州、藤波の3人は一つの魂と感性でつながっていると思っていたんですよ。

 天龍:それじゃあ、長州選手のお話をゆっくりお聞きしましょうか。(後編に続く)


 ※…ドラディションは4月17日の東京・後楽園ホール、同19日大阪南港ATCホールの2大会で2020年初ツアーを開催。
後楽園のメインは藤波、天山広吉、小島聡組VSグレート・ムタ、白使、KAZMA SAKAMOTO組。大阪のメインは藤波、武藤敬司、越中詩郎組VSヒロ斉藤、天山、小島組(特別レフェリーは蝶野正洋)と、いずれも豪華な顔ぶれが揃ったそうです。




[136] fun◇YtKXN/LQ - 2020/03/07(Sat) 23:51 ID:  [No.110286]
連続投稿失礼します。

東スポからですが、ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)が、レジェンドと語り合う「龍魂激論」で“炎の飛龍”藤波辰爾(66=ドラディション)と激突。ジャイアント馬場、アントニオ猪木の「BI砲」秘話が明かされた前編に続き、後編ではお互いが終生のライバルと公言する革命戦士・長州力について激論を交わした。さらには歴史的な一戦となった1996年4月29日東京ドーム大会の天龍VS藤波にまつわる驚異のエピソードとは――。


 天龍 1970年代後半の米国修行中、フロリダで長州と一緒になる時期があったんです。カール・ゴッチ道場が大嫌いで「何で俺だけこんな場所でやりたくないことばっかやらせるんだコノヤロー」と、いつもボヤいていた。俺は「いいぞいいぞ。もっと言え」と拍手したけどね(笑い)。

 藤波 確かにレスリング時代と違う練習を強要されて苦労もあったと思うけど、僕よりむしろ彼のほうがエリートだった。五輪まで出場して専修大から「大型新人」として入門してますから。こっちは15歳で先にプロ入りしたとはいえ、格闘技は何も知らず陸上競技を経験した程度。先輩から言われたことを必死にこなしていくだけだった。

 天龍 俺も大相撲から転向したから、長州の気持ちはよく分かった。何で五輪まで行ったのに、いまさらゴッチ道場で練習しなくちゃなんないんだよって。フロリダで傷をなめ合っていた。新日本は猪木、藤波で全日本は馬場、(ジャンボ)鶴田という時代に入っていたから、エネルギーを発散できない者同士、共感できる部分は多かった。

 藤波 だからいわゆる「かませ犬事件(※)」だって「何が起きてるんだ。なぜこいつは俺を目の敵にするんだ」って把握できなかった。意味が分からないわけですよ、こちらは。

 天龍 ちょうど巡業中の宿舎でその試合を見て驚いた。「こいつら日本人同士で何やってんだ」と。全日本は完全な縦社会だから、絶対にあり得ない光景だった。

 藤波 当時の新日本は、誰が何を起こしても不思議じゃなかった。猪木さん自身がそういう気性だったし、縦社会を守っていたら上に行けない。自分から何か仕掛けなければいけない。長州の一件だってそう。彼はどうやったら自分をプロレスで生かせるか、ストレスを抱いていたと思う。

 天龍 確かに藤原(喜明)組長のテロリスト事件(84年2月3日札幌、長州を花道で襲撃)だって、全日本じゃあり得なかった。俺はこの瞬間まで新日本は完全な縦社会だと思っていたけど、逆だったってわけか。感慨深いな…。

 藤波 長州が本能のまま動けたのは僕との戦いからでしょう。ありったけの思いをぶつける相手ができた。でも受ける僕は大変でした(苦笑)。逆に僕は70年代のゴッチ道場での修行があったから長州の攻撃を受け止められた。

 ――「名勝負数え歌」と呼ばれた

 藤波 最初の広島(82年10月22日、ノーコンテスト)はもうケンカ。負けたけど今でも名勝負と思えるのは蔵前国技館のWWFインターナショナル戦(83年4月3日)かな。平均視聴率20%以上なんて今じゃ考えられない。ファン同士がケンカして、大阪では2階からサントリーの角瓶を頭に投げられたなあ。

 ――天龍さんとは94年にシングル初対決。96年4月29日東京ドーム大会では、ドラゴンロケットをグーパンチで撃墜されて鼻骨を骨折した

 藤波 鼻から出血が止まらず、ボコッてドス黒い血の塊が出てきてね。鼻の穴に棒を入れて麻酔なしで1週間かけて骨を戻したんですよ。息子(プロレスラーのLEONA)も僕が死んだと思ったって。今、鼻がペチャって潰れて鼻声になってるのもあの試合のせいですよ。

 天龍 それは災難でしたね。

 ――藤波選手は猪木さんに続きWWEで殿堂入り(2015年)された

 藤波 WWEがすごいのは殿堂入りした選手には3か月に1回、映像などのロイヤルティーが終生入ってくるんですよ。日本もそういうシステムができればいい。僕は引退は考えていません。70歳過ぎても現役を狙います。

 天龍 この目でしっかりと見続けさせてもらいます。本日は長時間ありがとうございました。

 ※ 1982年10月8日の後楽園大会で、メキシコから凱旋帰国した長州は6人タッグ戦で猪木、藤波とトリオを結成。試合中に長州と藤波はお互いにタッチを拒否し殴り合いに発展した。長州は「俺はお前のかませ犬じゃない」と言っていました。


[137] fun◇YtKXN/LQ - 2020/04/24(Fri) 20:57 ID:aDrWBhQ2  [No.110373]
天龍プロジェクトは、ミスター・プロレス天龍源一郎(70)の引退試合から5年となる11月15日に、「革命伝承」と題した一日限りの復活興行を東京・後楽園ホールで開催すると発表したそうです。

 SNSのライブ配信で天龍は「こういった状況下でも先々の予定があるということで、その日までを一緒に楽しみ、進んでいけることがあれば」とファンにメッセージを送ったとの事。


[138] fun◇YtKXN/LQ - 2020/04/27(Mon) 06:03 ID:uxvsfX9w  [No.110376]
【天龍源一郎VSレジェンド対談「龍魂激論」5=前編】東スポWebより
「最強」と呼ばれた元全日本プロレスの3冠ヘビー級王者・ジャンボ鶴田さんが2000年5月に死去してから、今年で20年がたつ。ミスタープロレス・天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」、今回は和田京平名誉レフェリー(65)と秋山準(50)が登場。最大のライバルだった天龍、若手時代から知る和田氏、直接指導を受けた秋山が「鶴田最強説」を語り合った。前中後編の3回にわたってお届けする前編では闇に葬られた「幻の鶴田クーデター事件」の真相が明かされた。

 ――5月13日の命日で、鶴田さんが亡くなって20年(享年49)。天龍さんとの最後の3冠戦(1990年4月19日、横浜)から30年という節目の年です

 天龍:もうそんなになるのか。感慨深いね。 

 和田レフェリー(以下和田):ああ、そう。30年前って横浜? 懐かしいねえ。

 ――改めて鶴田さんとは

 天龍:身近にいて「こうなりたいな」と思える存在だった。馬場さんに対する忠誠心が俺なんかとは全然違った。「全日本プロレスに就職します」っていう言葉は有名だけど、本当にそう思っていたからね。

 和田:そうそう。サラリーマン感覚なんですよね。

 天龍:だから俺なんかが「ジャンボ、馬場さんにちょっと言ってくれよ」と不満を告げると「源ちゃん、まあそう言わないでよ」と逆になだめられた。馬場さんに就職させてもらったという恩義を忘れないんだよ。あの体格と才能だから普通なら、「全日本に入ってやった」という意識を持つと思うんだけど、一切なかったね。

 ――格が違ったと

 天龍:(72年ミュンヘン)五輪に(レスリングで)出た金看板は持ってるし、身体能力、力量は抜群だった。相撲で言えば横綱に推挙されてもおかしくない品格…あっ、品はなかったな。

 和田:(爆笑)。

 天龍:まあ大学でレスリングやって、プロレスに入ったら「ワーッ」と一気に注目を集めたんで少し浮かれてたのかな。ジャンボは中学時代の夏休みに朝日山部屋に入門して新弟子検査に合格してるんだ。叔父さんが力士だったんだよね。だから親近感を持っていた。

 和田:俺はあんまり若い時期のインパクトがないんだよね。ジャンボは最初からトップだったから。馬場さんからすれば、何でも「ジャンボ、ジャンボ」でしたからね。

 天龍:いや、馬場さんが認める人間はもう一人いたんだよ。サムソン・クツワダ(故人)って男が。朝日山部屋出身(元幕下)だったからジャンボと仲が良かった。体格もあったしね(190センチ、120キロ)。それでクーデターの一件につながるわけだ。

 ――77年末にクツワダさんが、鶴田さんをエースに新団体旗揚げを画策した一件ですね。複数の当事者から同時に話をお聞きするのは初です

 和田:ジャンボとクツワダさんは仲が良かったからね。

 秋山:えっ、そんな大事件があったんですか?

 和田:意外にファンの人も知らないんだよ。

 天龍:サムソンがテレビ局と大物スポンサーを「ジャンボが来るから」って口説いたんだよ。結局、事前にバレてサムソンは即刻クビになったんだ。まあ、ジャンボは相づちを打った程度だったらしいけど。誰かが密告したんだろう。

 和田:誰でしょう。

 天龍:犯人はグレート小鹿(現大日本プロレス会長)しかいないな…。

 和田:間違いなく小鹿さんでしょうね。

 ――秋山選手も犯人は小鹿さんだと

 秋山:いやいや勘弁してくださいよ。僕、まだ子供でしたよ。

 天龍:「犯人」は言い過ぎたな…。小鹿さんこそ全日本プロレスのお家騒動を収めてくれた陰の大功労者ですよ。

 和田:馬場さんのそばにいて、あれこれ話ができたのは小鹿さんが一番でしたからね。

 天龍:渕(正信)なんか、そばにいても足の爪すら切らせてもらえなかったからな。

 ――しかしあの鶴田さんが一度でも馬場さんを裏切ろうとしたとは…

 天龍:人気はあったから、誰かがいいことを耳元でささやけば、その気になっちゃうよ。サムソンは口がうまかったから。馬場さんに対する初の自己主張だった。馬場さんが少し下り坂になって、ジャンボは一本立ちできてたしね。でも馬場さんはこの件を機にがっちり囲んで他人の声を入れないようになった。

 和田:ですね。クツワダさんをばっさり切った後は一切、馬場さんもクーデターについて語ることはなかった。ただ、2人の信頼関係にヒビが入ったのは間違いない。俺もトークショーで1回、話したことがあるくらいで、ファンの人たちも「えー?」って驚いてました。

 天龍:闇に葬られた全日本プロレスの暗黒史ですよ。

 ――そろそろ「鶴田最強説」に入りたいのですが、何であんなに強かったんですかね

 天龍:分かりきったこと聞くなよ。一生懸命やらなかったからに決まってんだろう



[139] fun◇YtKXN/LQ - 2020/04/27(Mon) 06:03 ID:uxvsfX9w  [No.110377]
【天龍源一郎VSレジェンド対談「龍魂激論」5=中編】東スポWebより

「最強」と呼ばれた全日本プロレスの元3冠ヘビー級王者・ジャンボ鶴田さん(享年49)はどれほど強かったのだろうか。ミスタープロレス・天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」では今回、鶴田さんを若手時代から知る和田京平名誉レフェリー(65)、後輩の秋山準(50)とともに、今年で没後20年を迎える故人の思い出を振り返った。中編では「鶴田最強説」の意外な真相に迫る。 

 ――天龍さんは「鶴田最強説」の理由は一生懸命やらなかったからだと

 和田レフェリー(以下和田):練習してるのは見たことがないね。

 天龍:秋山選手はレスリングやってたから分かると思うけど、190センチの人間が180センチの人間とやると楽だよねえ。

 秋山:そうですね。鶴田さんは196センチありましたし。僕も自分より小さい相手とやると、やっぱり楽です。

 和田:10センチの差って大きいよね。

 天龍:だからNWA世界王者のリック・フレアーやハーリー・レイス、AWA世界王者のニック・ボックウィンクルとも互角に勝負できたわけですよ。ジャンボのほうが大きいから。ペース配分も含めてやっぱり史上最強なんじゃないの。

 和田:そうですね。俺がジョー(樋口)さん(レフェリー)からメインを任されて、初めて天龍さんとジャンボの試合を裁いたら、やっぱり余裕が違った。天龍さんは直線的に前に出る。ジャンボは「ハイハイ源ちゃん、どうぞいらっしゃい」だもの。

 天龍:俺がガーッと行くと(両手で落ち着けというポーズで)「ハイハイ」だからね。コンチクショーって思ったよ。

 和田:ブレークして試合を止めても天龍さんは相手をにらんでるんだけど、ジャンボは「ハイハイ。分かってるよ、京平ちゃん」ってオーバーに両腕を広げるんだよ。その手が鼻に当たって開始5分で失神したことがある。目覚めたら、天龍さんが「京平ちゃん、反則負けだろ」ってアピールして。5分で終わらせられないから、鼻血流しながら裁いてた。

 天龍:どれだけ、ジャンボを本気にさせるかが勝負だった。天龍革命(1987年)から俺の人気が上がってきたら、ムキになってきたよね。ジャンピングニーは太ももの横を当ててきたのに、ヒザをガツンと顔面に入れてくるようになった。痛かったけど「やった!」って内心、ガッツポーズだよ。

 ――秋山選手はジャンピングニーを鶴田さんから直接伝授されている

 秋山:確かに最初は鶴田さん、横から入ってましたね。今の僕はヒザからガツンと入りますけど。外国人選手との試合でも横からだった。当時、テレビで見ていても天龍さんが相手だとヒザを入れているのが分かりました。

 和田:だけどジャンボの本気って、どこがMAXだったのか最後まで分からなかったなあ。いつも試合が終わると天龍さんが控室で「ジャンボのヤロー、まだまだ本気出してないな」って悔しがってたのを覚えてます。

 天龍:御社の(東京スポーツ新聞社制定)プロレス大賞ベストバウト(89年6月5日、日本武道館での3冠ヘビー級戦)を頂戴した試合だってところどころで沸点はあったけど、トータルでは冷めてたね。自分に酔ってるクールなジャンボが嫌でねえ。彼にとって一番恥だったのは、天龍ごときや外国人相手に沸点で試合をすることだった。

 和田:(爆笑)。そうそう。たまに怒っても俺が「まあまあ」って間に入ると「ああ、そうだね」って。怒るのは恥だと考えてたんでしょう。

 天龍:秋山選手も馬場さんに教わったと思うけど、相手と対峙したら自分が動くんじゃなくて、相手を動かして、自分は泰然と構えていろという教えですよ。

 秋山:確かにそう教わりました。僕はすぐ沸点になりますけど(笑い)。

 天龍:いや、それがレスラーですよ。ジャンボは沸点になると「テーク・イット・イージー」と心の中でつぶやきながら試合していたからな。

 ――日本人として初めてAWA世界ヘビー級王者になったニック戦(84年2月23日、蔵前国技館)は、さすがに沸点に達したのでは

 和田:ない、ない。全然ない。天龍さんとか阿修羅原は別として、外国人相手ならフレアーだろうがニックだろうが「ハイ、いらっしゃい」だもの。あの試合だって表面上は必死な顔してるけど、もっとガンガン攻めればもっと面白い試合になってた。

 秋山:最近その試合の画像を見直したら鶴田さん、試合直前ギリギリまで渕(正信)さんと遊んでるというか戯れてました。余裕を見せたかったのかなあと思いました。

 天龍:余裕という意識は常に持っていた。長州力と60分戦った試合(85年11月4日、大阪城ホール)後(フルタイムドロー)も余裕しゃくしゃくじゃなければ嫌だったんだよ。長州はフラフラだったのにな。

 和田:そうそう。引き揚げながら渕君の肩を抱いて「いやあ、渕君、勝てなかったよ。今日は食おうか」ですからね。それが10センチの差なんですよ。馬場さんは「俺は楽だよ。俺を投げるやつは俺の倍の体力を使うから勝手に疲れちゃう」って。だからジャンボも長州にどんどん投げさせてスタミナを奪っていた。馬場さんいわく「受け身で休め」という教えですよ。

 天龍:まさにその通りですね。実は俺がジャンボの試合で一番印象に残っているのは意外な試合なんですよ。 

(下編に続く)


[140] fun◇YtKXN/LQ - 2020/04/27(Mon) 06:04 ID:uxvsfX9w  [No.110378]
連続投稿失礼します。

【龍魂激論】天龍失神 鶴田衝撃の逆パワーボムの真相 没後20年・レフェリー和田氏が“代弁”本音は…東スポWebより

 5月13日は「最強」と呼ばれた全日本プロレスの元3冠ヘビー級王者・ジャンボ鶴田さん(享年49)の命日に当たり、今年で没後20年を迎える。最大のライバルだったミスタープロレス・天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」では、和田京平名誉レフェリー(65)、秋山準(50)とともに、鶴田さんが残した数々の伝説を徹底検証。3回にわたる掲載の最終回では、天龍が失神した「逆パワーボム事件」の真相と、晩年の秘話が明かされた。

 ――天龍さんは鶴田さんの意外な試合が印象に残っている

 天龍:俺がプロレスに転向する4か月前の蔵前国技館で見たテリー・ファンクとのNWA世界ヘビー級戦(1976年6月11日)だね。馬場さんから「一度見に来れば」と言われて。

 和田レフェリー(以下和田):ああ、あの試合いらしてたんですか。

 天龍:それが初観戦ですよ。相撲と同じ国技館だけど、プロレスの会場の雰囲気ってとげとげしいと思ってたら、予想に反してスマートなんで驚いた。俺がテレビで見てたのは、力道山先生とか芳の里さんとかフレッド・ブラッシーの時代。それから何十年たってたから、ジャンボの試合はスポーツライクに映った。

 秋山:僕は大学3年の時に初観戦した(90年4月13日)東京ドームの日米レスリングサミット(鶴田、キング・ハク組対リック・マーテル、カート・ヘニング組)。マーテルをバックドロップで投げる鶴田さんの姿にゾクッとした。あの試合を見てなかったらプロレスに入っていなかったかも。テーマ曲の「J」がドームに鳴り響いてかっこよかった。試合が終わった後はニコニコして余裕でしたね。

 和田:俺は記憶に残るというよりも、大変だったのは(天龍が王者の鶴田に挑戦した)大阪の3冠戦(89年4月20日)ですね。

 ――天龍さんがまさかの逆パワーボムで失神した伝説の一戦だ

 和田:「えっ、人の技使うのか?」と驚いてたら、汗で滑って肩から天龍さんが落ちちゃって。

 天龍:変な角度で頭打ったから「動いたら危ない」と思って「京平ちゃん。俺、もうダメだ…」って倒れたままつぶやいたんだよね。

 和田:俺も仕方ないからカウント3つ入れて「大丈夫ですか?」ってささやいたら、何も言わない。そのまま病院に直行したんですよね。

 天龍:あのパワーボムは、ジャンボが余裕かましてわざと落としたと今でも思ってるよ。

 和田:だから3つ叩いた時のジャンボの表情が面白かった。「えっ、ウソでしょ?」って。やっぱり最後は得意のバックドロップで決めたいじゃない。それが単なるつなぎ技で終わったから不満なわけですよ。自分の技を使われた上、つなぎ技で終わらせられたほうはたまったもんじゃないですよね(笑い)。

 天龍:ジャンボは「何だよ、こんなんでノビやがって」と思ってただろうが、俺は倒れながら「コノヤロー、ヘタクソだな」とイラッとしてた。

 和田:あとはやっぱり2人の最後の3冠戦でしょう(90年4月19日、横浜=王者の鶴田が12分32秒、岩石落とし固めで勝利)。天龍さんの暴れっぷりがすごかった。「コノヤロー」って思いが伝わってきた。

 天龍:イス持ってガンガンいって。だけど今考えると、あの時ジャンボは肝臓を患っていたんだね。

 和田:当時、我々は全然知らなかった…。

 ――やはり「最強はジャンボ鶴田」という結論でよろしいでしょうか

 秋山:鶴田さん、(山梨県立日川)高校時代はバスケットボール部ですよね。レスリング始めて3年半で(72年ミュンヘン)オリンピック行くなんて絶対あり得ないです。そんな人いないですって。

 天龍:彼は日本デビュー前に渡米して、半年後にドリー・ファンク・ジュニアのNWA王座に挑戦して大善戦しているんですよ(73年5月20日、ニューメキシコ)。あのドリーが2か月で「ジャンボに教えることはもう何もない」って言ってた。日本に戻ってきても、試合前に1時間以上もバスケットボールで遊んだり、馬場さんとゴルフコースを回ってからメインに出てるんだから。

 秋山:あり得ない…。

 和田:まあ、最強で文句ないし、もう出てこないでしょう。

 秋山:ジャンピングニーは92年に直接教えてもらって、よく練習していただきました。意外とすぐマスターできた。だんだん飛べなくなってきましたが、飛べるまで続けます(笑い)。

 天龍:彼が人に教えるなんて珍しいね。

 和田:見たことがないですよ。身を引くから、もう教えるチャンスなんてないと思っていたのかもしれないね。

 ――B型肝炎さえなければ時代は変わっていたかも

 和田:(99年1月に)馬場さんが亡くなった直後に(夫人の)元子さんから「ジャンボ、あとは頼むね」って社長を打診されたけど「僕には無理です。米国で(肝臓の)移植もしたいし、大学の勉強もあるので」とはっきり断っていた。その年の3月には渡米したし、プロレスには興味がなくなっていたんだね。

 天龍:「イエス」って言ってたら歴史は変わっていたかも。ジャンボが先頭に立てば、皆ついていくしかないから。最後まで自分の哲学を貫いたのかな。こういうギスギスした時代だからこそ、ジャンボの「まあまあ」(両手で抑えるポーズ)という、おおらかさが必要かもしれないね。お二人とも大変な時期にもかかわらず、本日は長時間ありがとうございました。(終わり)



[141] fun◇YtKXN/LQ - 2020/10/31(Sat) 00:03 ID:ENoXTBYM  [No.110720]

天龍プロジェクトpresents『革命伝承』〜天龍源一郎引退5周年大会〜
の全出場選手、対戦カードです。



天龍プロジェクトpresents 革命伝承 〜天龍源一郎引退5周年記念大会〜
11月15日(日)11:30〜東京・後楽園ホール

■鈴木秀樹、進祐哉VS河野真幸、那須晃太郎

■天龍源一郎VSオカダ・カズチカ トークバトル

■1/30
グレート小鹿(大日本プロレス)、井上雅央(フリー)
VS
リッキー・フジ(2AW)、翔太(ガンバレ☆プロレス)

■1/30
新井健一郎(DRAGON GATE)VS怨霊(666)

■1/30
土方隆司(フリー)、橋本千紘 (センダイガールズプロレスリング)
VS
神谷英慶(大日本プロレス)、DASH・チサコ(センダイガールズプロレスリング)

■メインイベント 1/60
鈴木みのる(パンクラスMISSION)、真霜拳號(2AW)、拳剛(フリー)
VS
佐藤光留(パンクラスMISSION)、火野裕士(ZERO1)、河上隆一(大日本プロレス)


[142] fun◇YtKXN/LQ - 2020/11/15(Sun) 20:15 ID:HN.fyQYs  [No.110741]
天龍プロジェクト
「革命伝承」
11月15日(日)後楽園ホー
観衆:663人(満員)

試合結果です。

▼タッグマッチ30分1本勝負
〇グレート小鹿&井上雅央
(11分08秒、足4の字固め)
リッキー・フジ&翔太×

▼30分1本勝負
〇怨霊
(8分50秒、怨霊クラッチ)
×新井健一郎

▼タッグマッチ30分1本勝負
〇土方隆司&橋本千紘
(12分50秒、顔面絞め→レフェリーストップ)
神谷英慶&DASH・チサコ×

▼タッグマッチ30分1本勝負
〇鈴木秀樹&進祐哉
(11分19秒、ダブルアームスープレックス→片エビ固め)
河野真幸&那須晃大郎×

▼6人タッグマッチ60分1本勝負
火野裕士&河上隆一&〇佐藤光留
(23分57秒、足極め腕ひしぎ逆十字固め)
鈴木みのる&真霜拳號&拳剛×

▼トークバトル時間無制限1本勝負
△天龍源一郎
(34分43秒、ドロー)
△オカダ・カズチカ


 2015年11月15日に引退した“風雲昇り龍”天龍源一郎(70)の引退5周年記念大会「革命伝承」が15日、後楽園ホールで行われました。

 報知の情報ですが、メインイベントは、天龍が両国国技館での引退試合で戦った新日本プロレスのオカダ・カズチカ(33)とのトークバトル。34分43秒のトークで両者は、引退試合の秘話を存分に披露し、満員の観衆を沸かせたそうです。

 トークバトルを終えた天龍はオカダについて「余裕しゃくしゃくって感じがしましたよ」と振り返り、「5年前は、こんな兄ちゃんっていう気持ちがありましたけど、今は水戸黄門と助さん、格さんの関係だね」と独特のフレーズでオカダの成長に目を細めた。

 この“天龍節”にオカダは「なるほどなと思いました」とうなずいたが「トークバトルは僕の完勝だったなって思います」と断言。さらに「5年はあっという間でしたけど長いじゃないですか?その分のレスラーとしても人間としての成長もお見せできたんじゃないかなと思いました」と胸を張ったとの事。

 天龍は、オカダの進化を「レスラーって言葉がどうのこうのじゃなくて、醸し出す雰囲気があるんだよね。レスラー同士しかわからない。そういうものが出てきましたよ」と評し「今日、話を聞いてて、(アントニオ)猪木さんの名前を出たりしてるけど、そういうものを踏まえてプロレス界の盟主である新日本プロレスのエースでオカダ・カズチカだなっていうことを責任を持って行動して欲しいなと思うし、それも出てきている」と激励。

 レジェンドからのエールにオカダは「僕は、新日本プロレスの人間ですし、新日本プロレスのことしか考えられてないですけど、天龍さんは、本当にいろんな団体を見られて、天龍さんが他の団体を褒めれば褒めるほど負けないようにやんなきゃダメだなと思う。プロレス界をもっともっと大きくして広めていきたいと思います」と引き締め、トークバトルの再戦を願っていたそうです。




[143] fun◇YtKXN/LQ - 2020/11/16(Mon) 11:55 ID:Ekc/Zs8I  [No.110742]
ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)の引退5周年記念大会(15日、後楽園ホール)が行われ、メインでは天龍と引退試合(2015年11月15日、両国国技館)を行った新日本プロレスのレインメーカーことオカダ・カズチカ(33)が、スペシャルトークバトルで5年ぶりに激突しました。

 東スポ情報ですが、黒いスーツに身を包んだ天龍は濃紺のスーツ姿のオカダとリング上で対峙。お互いの拳を突き合わせて再会≠祝いあったそうです。

「プロレスを辞めて5年間、何にもしなかったら少し筋量が落ちた。今、オカダ選手が登場した瞬間に(1996年に対戦した)高田延彦と同じようなカッコよさを感じましたよ」と天龍が切り出すと、ちょうど1週間前の8日に誕生日を迎えたオカダは「今すぐにでも試合ができる雰囲気を感じます。控室では緊張して背もたれもできなかった」と笑顔を見せた。

 引退試合での対戦はオカダが2012、13年の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」最高殊勲選手賞を獲得した際に、上の世代に対し「僕と同じ時代じゃなくてよかったですね」と発言したことに端を発しているが「あの時は本当に怒っていたよ」(天龍)「自分たちの時代が劣っていると言うのもおかしな話ですし、あの時言っておいてよかったと思います」(オカダ)とそれぞれの見解を語った。

 ちょうど5年前の引退試合では天龍が先にレインメーカーのポーズを取り、オカダが逆水平を仕掛けるなど精神的な揺さぶりをかけ合った。天龍は「かましてやろうと狙っていた」と明かすとオカダは「僕が引退した時、あれだけ日本中からお客さんが来てくれるか分からないし、ブーイングは気持ちよかったです。どんどん挑発しようと思いました。5年前のオカダ・カズチカは生意気でしたね」と笑みを浮かべた。

 最後のパワーボムを受けたオカダは「お互いが全盛時に戦ってみたかった。顔に靴紐の痕も残りましたが、立ち上がらないと時代を任せてもらえないと思った。(垂直落下式)パワーボムはすごかった。完璧に決まらなくてもやってやるという気持ちに『漢(おとこ)』を感じました」と語った。

 一方、オカダの強烈なドロップキックを体感した天龍は「65歳のおっさんが食らってよく立ち上がったなと。交通事故に遭ったような衝撃だった」と振り返った。勝負を決めたレインメーカーについては「3カウントが入った瞬間、僕の手によってひとつの時代が終わったのかなというさみしい気持ちを感じた。(試合後の一礼は)いろんな感情を込めたものだった」(オカダ)「介錯してくれて感謝している。最後の怒りをぶつける相手ができて幸運だった」(天龍)とお互いが感謝の意を述べたとの事。




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